0:00 一体ですね、幽霊になってしまった宗右衛門に 何があったのかということなんですけれども こういうことがあったそうなんですね 宗右衛門が出雲に帰ってみると かつての上司ですね、塩谷さんに従っていた者達が 皆も寝返ってしまっていたんですね 尼子さんの方に寝返っていたと ええっ!と皆、そんな、塩谷さんに従っていたのに 尼子にひっくり返るのと愕然としてしまう訳ですね それでこの尼子経久とはどんな奴か見極めてやろうと思って 尼子に会う訳ですね そうすると、尼子さんのこれはちょっと人柄 ちょっと信じられへんなと 信じがたいね、自分が信を置きがたい人物だということを
0:47 見抜く訳ですね 尼子の疑い深い人柄を見抜いた宗右衛門は ああ、もうこの尼子と関わってはおれないと 俺にはですね、九月九日のあの約束があるということで 重陽の約束を果たすために出雲を去ろうとする ところが、この尼子というやつがですね 帰ろうと出雲を去るというのを快く思わないと 自分の意のままにならないですね 赤穴ですね、それをちょっと良く思わなかったんですね そこで、宗右衛門の従兄である丹治ですね この人に命令して、宗右衛門をお城の中に、富田城の中に 閉じ込めてしまうということをするんですね
1:35 そうすると、もう困ってしまう訳ですよ 「重陽の約束」行けないということになってしまう訳ですね しかも、従兄に閉じ込められるということでですね 従兄からも何か裏切られたような 気持ちになってしまった訳ですね それで閉じ込められてですね 赤穴はこういう風に思う訳です 「約束を破ったら、賢弟吾を何者とかせん とひたすら思い沈みました」と 九月九日に行くよというこの約束を破ったら 賢弟、弟分である丈部左門ですね 左門さんは私をどういうものだ 何者だと思うだろうか、どう思うだろうかですね
2:24 約束を破るなんてという風にね あの人、信を置かれへんなとか そういう風に思われてしまったら嫌やなあと思った訳ですね 左門さんが私のことをどう思うだろうと思って ひたすら思い沈みました けれども、もう閉じ込められてしまっているから 逃げ出す方法がありません その時、こんな言葉を思い出す訳ですね 古人の言葉に 「人は一日千里を行くことはできない」 だけれども「魂は一日に千里をも行くことができる」とある この道理を思い出したと、そこで 「みづから刃に伏、今宵陰風に乗てはるばる来り菊花の約に赴く」
3:10 すごいね、魂は一日千里も行くことができるという この昔の人の言葉を思い出して それを実行する訳です 「みづから刃に伏」自分で自害した訳ですね 自分で自害して、自刃して 今宵、今晩、この夜風、この「陰風」というのはこう こういう風に書くというのは、ちょっと格好いいですね この夜風に乗ってはるばるやってきたんですよというんですね 出雲からですね、丈部左門さんがいてる播磨の国まで 魂だからパッと行けるということでですね 今晩やってきました そして、この「菊花の約」を果たそうと思ってやってきたんです
3:55 「この心をあはれみ給え」と この私の気持ち、あわれと思ってくださいと 言い終わって、「涙がとめどもなく溢れでてくる」 「今は永きわかれなり、只母公によくつかへ給え」と 「もうこれで永遠のお別れです」と もう亡くなってしまっていますからね もうこれで永遠のお別れですと ただ、お母さんによくお仕えしてくださいねと言って 「座を立つと見しがかき消て見えずなりにける」と と言って立ちあがったと 見るや否やということですね すぐにということですね 消えてしまったですね、見えなくなってしまった
4:45 びっくりですよね 「左門は慌てて引き止めようとするが」 「えー待ってくれ」とこう手で掴むようにしたかもしれませんね だけれども「陰風に眼くらみて行方をしらず」 パッと風が吹いてきて、目がワッとくらんでですね もう行方がわからなくなってしまった 「俯向につまづき倒れたるままに、声を放て大いに哭く」 もう突っ伏してですね、大声をあげて泣いた、悲しんだと お母さんびっくりする訳ですね 先に休んでいたお母さんが、泣き声が聞こえてきた 大声で泣いていると、これこそまさしくですね 慟哭っていうものですね
5:34 嘆きですね、左門の嘆きにお母さん驚いて 夢でも見たんちがいますのと言う訳ですね ちょっと落ちなさいという風に言うと 左門はいやいやと「あれは夢ではない」と言う訳ですね 「まことに夢の正なきにあらず」 あれは、私が会ったのはと、夢のような そんな「正なき」と 「正」というのが正体でね、正体ないと 夢のようなですね、正体ない 取りどころのない、捕らえどころのないものではありませんと あれは自分はもうはっきりと見たんだと 「兄長はここもとにこそありつれ」と
6:19 兄ですね 赤穴宗右衛門は確かにここに来ていたんだと 「こそ」という強意していますね 久しぶりですね、係助詞で強めています 確かにここに来ていたんだ という風に「また声をあげて泣き倒れた」 お母さんももう本当にその真剣さ深刻さというんですか そういうものに触れてですね もはや疑わず 本当に来ていたんだわと 一緒に声を上げて、その夜は泣き明かした
7:06 それで友人がですね 死んでもこの誓い、約束を果たそうとしたという これに触れた左門、その後どうしたかですね 決意します 翌日、左門は礼儀正しく、母に言った 「赤穴は一生を信義の為に終る」 信義というものを貫いたために 自分の一生というものを終えてしまったということですよね だから「私は出雲へ下り、せめて、遺骨を葬って信を全うせん」と この兄弟の契りを結んだものとして 弟としてですね
7:52 この信義というものをですね 全うしようと という風に言った訳ですね お母さんはああそうかと 「早く戻って、この老母を安心させておくれ」 早よ帰ってきてくださいねと 「この別れを永遠の別れとしないでおくれ」 何かお母さん やっぱり、昨日の夜の息子の様子を見て ただならぬものを感じていたんでしょうね ずっとこの息子を支えてきたお母さん 一番よくわかっているお母さんでしょうから その子の並々ならぬですね、この覚悟と決意というものを 何か感じ取っているところがあるんでしょうね
8:38 だから永遠の別れなんてことが出てきたのかな この別れを永遠の別れとしないでおくれと言うと 左門は言ったと「人の命は水に浮かぶ泡のように 朝に夕にいつ消えるか定め難いものですけれども やがて帰りまゐるべし」と 「やがて」っていうのは、すぐにという意味もありますし 暫くしてという意味もあるけどね 古文ではすぐにという意味もあるんですね すぐに帰ってきますよという風に言って お母さんを安心させてですね 左門は出雲に行く訳ですね そうすると出雲にやってきました 丹治、覚えてはりますか、これ従兄ですよ ここに出てきていましたね
9:27 この人に閉じ込められたんですよね この丹治ですね、閉じ込めた丹治に対面して 左門は責め寄った訳ですね 「塩谷氏の恩を思い、宗右衛門が尼子に仕えなかったのは、義士である」 塩谷氏への武士としての義というものですね 忠義というもの、ありますよね だから、尼子の方に寝返ることはしなかったと 貫いたじゃないかと塩谷氏への忠義というものを貫いた 赤穴宗右衛門という これはもう全くの義士であると褒めている訳ですね それに対して丹治さん、あなたはと
10:15 旧主の塩谷を捨てて尼子に従うなんて あなたは義がないと 武士としての義がない人物であると 「伯氏は」宗右衛門のことですね 「菊花の約を重んじ、命を捨てて百里を来しは信ある極なり」 宗右衛門が菊花の約を私と結んだ この重陽の約束を大事に思って 命を捨ててまでして百里飛んできたと これはもう信の極みであると 信義の極みという風に言っている訳ですね
11:01 それに対して、「あなたは今尼子に媚び仕えて 血縁である宗右衛門を横死させた」 血縁者でもあるのでにね 裏切るなんてと「これは信がない行為である」と 私は今、「信義を重んじて態々ここに来る」と 「汝は又不義のために汚名をのこせ」と 私はこの宗右衛門のですね この信義というもの、これを重んじて わざわざこのはるばる出雲までやってきたんだと お前は、あなたは不義のためにね 不義であるあなたは、不義のために汚名をのこせと 言い終わらないうちに斬りつけちゃう訳ですね そうすると丹治は一刀のもとにその場に倒れたということで このですね、裏切った従兄の丹治をですね
11:50 左門は斬り殺してしまうんですね 家来達がやって来ます 立ち騒ぐ間に、左門はいち早く逃れて行方をくらましたと その後尼子さんが兄弟の信義に感じ入った 尼子は左門を追跡することはなかった なんか敵討ちのようにする訳ですね さあ、これで一応お話は終わります 最後に一言、秋成はこういう風に付け加えるんですね 「咨、軽薄の人と交わりは結ぶべからずとなん」 最初に置いていた命題ですよね、一番最初にあった この「交わりは軽薄の人と結ぶことなかれ」という
12:40 これをリフレイン、最後にも持ってきて繰り返す訳です そうするとこのお話は 信義ということですよね 固い友情あるいは武士道とかいった そういった信義のお話でもありながら 軽薄っていうことも一方で 秋成がテーマに置いてくる訳です 軽薄の人と交際はしちゃいけないな 信義を守った美談として終わっていないんですね ああ、信義を守るって素晴らしいなみたいな まとめではないんですよね 軽薄の人と交わりを結んじゃいけないよという風に終わっている これをどういう風に考えたらいいのかなと
13:26 この菊花の話ですよね 宗右衛門と赤穴宗右衛門と左門のお話は信義を守った 貫いた美しい美談として 考えていいんだろうかと そもそも、このお話をどういう話として捉えればいいんだろうか ですね、例えば、友だちとの友情を守る話っていうと
14:11 皆さん多分思い浮かぶのは 「走れメロス」だと思うんですよね あの走れメロスというのは 人間不信に陥った暴君ですね それにお前は処刑だという風に言い渡されてしまった このメロスさんがですね、友だちを人質に入れる訳ですね その友だちを人質にして、妹の結婚式をしに行って また戻ってくるから必ず戻ってくるからといって 友だちを人質にしてですね 友だちに妹の結婚式に行くというね だから絶対守るよ、帰ってくるよという約束を守るというね そういう風に約束を守ってですね 戻ってきてですね、この王様ですよ
14:58 人間不信だった王様を改心させる これは友情の美談ですよね 友情とか 約束を守るんですね 約束を守ると というこれは美しい 何があっても約束を守るというね そういうことを大事だよね 素晴らしいよねという そのことによって、王様も改心されて やっぱり友情っていいもんだよね 大事なもんだよねと 人との約束を守るって素晴らしいことだよねというね 一応そういう話として見ることができる訳ですよね ただ、この左門の場合はですね
15:47 これは確か約束のお話 同じようなキーテーマありますよね 九月九日には帰ってくるよという約束ですよね お約束を確かに果たしてはいるんだけれども その約束の守り方ですよね これってどうなのかなと、一応このお話ですね 菊花の約のお話の中では 信義と軽薄ということがありますよね この軽薄の人というのは 一応、このお話の中では、例えば この尼子さんなんかはね もう反逆者でありますから
16:33 信義の人ではないという風に言うことができますし この従兄弟の丹治なんかも裏切った人ですから 軽薄の人ですよね 軽薄の人に対してこの赤穴宗右衛門はですね 信義の人、信義の極みの人という風に 位置づけられていますけれども 果たして本当に信義の人なのか 軽薄の人ではないのかですね 約束を守るために自害する 昔言われていたその古い言葉を信じて 魂やったらすぐ飛んでいけるというね 自分を、自分で自殺してしまうと、自害してしまうと それは軽薄な行動ではないのか
17:19 その、そういう風にして自害して 魂としてやって来るということによって 残された左門がまた丹治を殺すということに つながっていっている訳ですよ 連鎖していっている訳ですよね そうするとある意味、これは 赤穴の軽薄な行動によって 次の被害者と言いますかね 左門さんを殺人者にしてしまっている訳ですよね そういうことも導いてしまっているということにもなりますよね また、左門も信を全うしようという 信義の人ではあるんだけれども そのことによって従兄を殺すってこれはどうなのかなと
18:07 このことは軽薄とは言えないのかなと考えると 一体これ誰が軽薄なのかなと 本当に信義の話でいいのかなと なんかこの表裏一体なところがありますよね 信義でもあり、軽薄でもありという ここのところの何とも言えない複雑さ 何かうーんって考えてしまうお話なんですよね もともとの中国の典拠の方では この同じように約束を守るお話なんですけれども 登場人物と二人というのが
18:55 この人達がですね お役人になりたいということを目指している こっちのお話ですね 官吏としてですね、採用されたいと これを受験する 二人とも言ってみれば受験生というお話なんですね それに対して、菊花の約では やはりお一人を武士にしたというところも ここも大きく変えているところですね
19:42 そして、出雲国のこの城主の殺害というようなことも 織り込んできている訳ですよね そういうことによって武士道という ある意味、忠義、仁義とか忠義とかいった そういう義理、信義の道に生きる それを全うしようとする 本分、本領というものを持った人物を 持ってくるというところによって よりストーリーを複雑にしていって 中国では信義を守るというのは大事なことだよね という風に終わっているお話を 軽薄という、ここに重点を置いて描き出した 信義とこの軽薄のこのなんとも言えない この表裏一体なところがある危うさというのかな
20:28 そういうものを描いていて なんとも人の行動というのは いいとか悪いという価値判断とか評価というものの 難しさというものを改めて考えてしまうという そういう物語になっているな という風に読むこともできると思うんですよね また、別の見方の読み方というのもちろんあると思います 皆さんが今日読んでみてちょっと感じたところ、考えたところね また是非ね、聞かせてくださいね もうやっぱり難しいですね さあ読書ガイドを見てみましょう もっと色んな話を読んでみたいと思われた方
21:14 『ビギナーズ・クラシックス』のシリーズに『雨月物語』入っています 手軽に楽しみたい方はこちらおすすめ あと、『雨月物語』ちくまの学芸文庫 これは秋成研究者による 本文と現代語訳ですから もっと深くね、読み込みたいという人にはこちらがおすすめです あと、『雨月物語精読』ってこれも 秋成研究者の方が出された本ですけれども これにはこの典拠ですね 元になった中国古典のあらすじとか こういうおすすめ文献リストなんかもありますので 中国の典拠なんかもね ちょっとざっと読んでみたいという方にはおすすめです 読解の参考になるいいガイドブックになると思います
22:00 他にももちろん、色々な全集なんかでも出ていますので 手に取りやすいものをですね それを見ていただけたらいいかなという風に思います 今日は作家が手がけたものとして、下段に 円城 塔さんの現代語訳を このシーンとしたところの描写の仕方ですね どういう風に現代の日本語に置き換えているのかというところ 是非ね原文のところと読み比べてみてくださいね あとですね、怪奇・妖怪とかいえばですね やっぱり水木しげる大先生ですね が挿絵を入れられた『雨月物語』
22:49 『雨月物語』の中の3編なんですけれども 迫力満点の挿絵とともにですね 訳を味わうことができる こういった文庫本も出ていますのでね 興味がある方は見てみてください あと、漫画ではこういうのがありました 鈴木先生というのは最近映画にもなったのかな 話題作ですよね あれを手がけられた漫画家の方が 漫画にもしていらっしゃるんですね ちょっと、なんか劇画タッチで迫力がありますけれども こういうので、読んでみることもできますから 色んなね、はいり口、入り口がありますから 是非是非、秋成って難しそうとかね、思わずに
23:34 江戸って何かあんまり知らんしとか思わずにですね 是非、きっかけを掴んでこの物語世界というものを 読み味わってみてください 昼間に読むのもいいけれど 夜のシーンとした時に読むのもなかなかいいものだと思います その世界にどっぷり入ってほしいなという風に思います さあ、色々な物語、時代もありましたし ジャンルもありましたし 本当に色々な作品を読んできましたね 皆さんの中で何か心に残る作品があれば いいなという風に思いますし あ、意外と古典って面白いんだなと 日本の話ってやっぱり面白いな という風に思っていただけたら
24:21 嬉しいなという風に思います それでは、今日はここまでにしましょう お疲れ様でした