なぜ”覚悟”は教えられなくなったのか?『葉隠』の真実。

簡単なまとめ

この動画では、ミルクティー飲みたいさんが、現代の日本人が大切にすべき価値観として、武士道の精神が込められた書物「葉隠」を紹介しています。葉隠は死を意識することで生のエネルギーを最大限に引き出す生き方を説き、矛盾に満ちた思想でありながら、エネルギーへの賛美と日本人への激励が込められています。

  • 葉隠は死を肯定するのではなく、死を意識することで生のエネルギーを最大限に引き出す書である。
  • 葉隠が書かれた江戸時代中期は、現代の日本と似た空気感が流れていた。
  • 武士道は、覚悟、美学、人間関係、人生の構図という4つの軸で構成されている。

導入

ミルクティー飲みたいさんは、動画を上げるたびに世の中が大きく変わる中で、今回日本人が大事にすべき物資について紹介すると述べています。2024年に入ってから政治、経済、テクノロジー、国際情勢など様々な変化が起きており、多くの人が情報に翻弄されていると感じています。このような状況で重要なのは、時代の変化に惑わされずに立ち戻るべき視点を持つことだと語ります。

葉隠とは

葉隠は、「武士道とは死ぬことと見つけたり」という言葉で有名な武士の代表的な書物の一つです。三島由紀夫が肌身離さず持っていたことでも知られています。葉隠は、死を肯定するのではなく、死を意識することで生のエネルギーを語り、人生を強く輝かせるためにどう生きるべきかを綴った書です。宇宙のあらゆるものはエネルギーであり、人生は自分という生命エネルギーをどう表現するのかにかかっていると述べています。

葉隠の誤解と真実

葉隠には政治的な話は一切出てきません。戦後にGHQやメディアによって作られた軍国主義的な印象は誤りであり、本来は観察から生まれた生活の哲学、人間の弱さ、武士の美学、恋愛哲学が書かれています。葉隠という名前は、忍ぶ恋から来ているという説もあります。控えめな乙女の恋心と武士の精神には共通するものがあり、西洋的な恋愛とは異なり、内に秘めたエネルギーこそが重要だと説いています。

葉隠が生まれた背景

葉隠が書かれた江戸時代中期は、太平の世が100年ほど続き、武士というものが消えかけていた時代でした。佐賀藩の山本常朝が話した言葉を田代陣基が書き記したものが葉隠です。常朝は主君の死に殉じることができず、20年の隠遁生活を送りました。葉隠には、死に場所を失った常朝の苦悩が反映されています。本来、田代陣基が読んだら燃やすように約束されていたにも関わらず、その約束を破ったからこそ今僕たちが読むことができているという秘伝とも言えます。

葉隠と武士道

多くの人は葉隠が武士全盛の時代に書かれたと思っていますが、実は本物の武士がいなくなってから書かれた非伝の書です。新渡戸稲造の「武士道」は海外に向けて武士道の理想像を説明した本であり、現代の外国人の侍のイメージを作ったと言えます。一方、葉隠は佐賀藩という限られた場所で感じられる等身大の武士の心を生々しく綴ったものです。

現代における葉隠の意義

葉隠が生まれた時代の佐賀藩は、長崎に近く、外国人が行き来する場所でした。そのため、葉隠は外の世界の文明の波を受けながら、自分たちのアイデンティティが喪失しないようにという意識の中から生まれた書とも言えます。これは、現代の日本社会における外国人移民の問題とも共通するものがあります。令和の今、日本人が葉隠や武士道を再認識することは、今後の日本の文化を継承し、日本らしさを守ることにつながると述べています。

覚悟と美学

武士道において覚悟と美学は表裏一体の概念であり、美しさは強さです。武士は常に死を覚悟しており、その覚悟が美しさにつながると説いています。「武士道とは死ぬことと見つけたり」という言葉は、生きるか死ぬかの場面で迷わず死を選ぶ覚悟を持つことの重要性を示しています。現代の政治においても、国民は政治家の覚悟を見ていると指摘しています。

人間関係

武士の世界では人間関係が重要であり、葉隠には人間関係に関する教えが多く書かれています。例えば、常に謙虚で可愛げがあり、かつ一歩も寄せ付けないような威厳がある顔つきが良いとされています。また、人と話す時には相手の気質を見抜き、言葉や態度をうまく扱うことが重要です。相談をする場合は、利害関係のない外部の人に聞くのが良いとされています。

人生の構図

葉隠には、人生の構図に関する教えも書かれています。この世は全て操り人形であり、若い頃に苦労があった方が良いと説いています。また、人生を慌てるな、早すぎる出世は危険とも述べています。武士道と神道は愛反する概念ではあるものの、融合して調和している点が日本人的な考え方だと述べています。

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文字起こし

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0:23 こんにちは。ミルクティのみたいです。と いうことで僕の動画のペースだとも毎回 動画をあげるたびにも世の中が大きく 変わっていって今回は何を取り上げようか なっていつも悩んでるんですけれども今日 は今こそ僕たち日本人が大事にするべきだ と思っている物資について紹介していき たいと思ってます。 26年に入ってからもう日本でも世界でも 様々な変化が起きていて当然政治の流れも 大きく変わりましたし経済でも相変わらず 未来への不満が募っていたりだとかAIや テクノロジーの進歩なんていうのも 目ま苦しく国際情勢も日に日に変わって

1:11 いってますよね。実際のところも多くの人 たっていうのはこう毎日自分の目に 飛び込んでくるいろんな情報に翻弄されて いるんじゃないかっていう気がしていて みんな安心するためにまた色々調べてはま どれだけ情報を集めたところで心は 落ち着かないみたいな日々を過ごしている んじゃないかなと感じてます。そんな時に ま僕が大事だと思っているのは世界を 眺める視点。どれだけ時代の変化に惑わさ れてしまってたとしても、立ち戻るべき 視点が設定されてさえいれば人は迷子に ならずに進みます。なのって今日本人に とって必要なものというのはこの今って いう現在の軸で起きている細かい事象の話

1:58 ではなくてこれだけ長く続いてきた日本と いう国が大事にしてきた価値観日本の 根っこと深く関わっている哲学に目を 向けることなんじゃないかと僕は思ったん ですよね。そして今回のテーマっていうの は、ま、とにかくリクエストが多かった ものになっているので、え、皆さんお待た せしました。といった感じになります。と いうことで本題に入っていきたいと思うん ですけれども皆さんは歯がれという書物を ご存知ですか?歯がれっていうのは武士道 というは死ぬことと見つけたりという言葉 で有名な武士におけるま代表的な書物の1 つであの三島幸夫は歯がれを肌み話さず 持っていたことで有名でその思想を解説し

2:43 た歯がれ門という本を書いています。今回 の動画のために読みまくった結果もう こんなことになっちゃってます。歯がれに ついてはおそらく初めて聞いたという人も いればなんとなく部け社会の堅苦しい イメージであったりしという言葉から漠然 と物騒なイメージを持っている方もいるか もしれません。でも実は歯がれをちゃんと 読むと分かるのは歯れはただ死を肯定する ための教えではなく死というものを意識 することで本物の聖の本質を語っている書 であり人間の人生というある意味一瞬の 輝きを最大限強く輝かせるためにはどう 生きるべきかということについて綴った

3:31 生きるエネルギーの書なんですよね。この エネルギーっていうのは僕がこの学れを 読んだ上で最も重要なキーワードだと思っ ていまして、この宇宙というのはあらゆる 物質生命などに溢れていてその全ては エネルギーと言い換えることができます。 ということは僕たちの人生っていうのは この自分という生命エネルギーをどう表現 するのかにかかってるとも言えると思うん ですよね。で、それを書いた歯がれって いうのは一言でこういう本ですと言える ような単純な思想じゃなくてすごく矛盾に 満ちた複雑に絡み合った考え方ではあるん ですけど全ての根本に存在しているのは エネルギーへの賛日であり死を恐れ星に

4:18 走り弱々しくなっていく日本人を売いた本 でもあるんです。こういう意味では歯がれ が書かれた江戸時代中期っていうのは すでに令和の僕たちと同じような空気が 流れていたっていうのがすごく興味深いん じゃないかなと思います。なのでよく 勘違いされがちではあるんですけれども 歯がれには政治的な話は一切出てきません 。なので、もし今まで歯がれに対して軍 主義的な思想とか国のために命を捨てる べきだみたいな極端な思想が書かれている 本なんだろうなっていう風に思っている人 がいたらそれは戦後にGHQやメディアに よって作られた印象操作によるもので本来

5:05 例に書かれていることっていうのは観察 から生まれた生活の哲学であり人間の弱さ であり物資の美学であり真の恋とは何なの かという恋愛哲学なんです。おそらく今 恋愛って思った方もいると思うんですけど 、この歯がれっていう本の名前には、ま、 諸説あるんですけれども、その1つに忍ぶ 恋から来ているという説があるんです。 大業奉仕の歯がれに散りとまれる花の水を 忍びし人に会う心地するという歌があり ましてこの1節がハークレという名前の 由来になったと言われているんです。この 一見正反体にも思えるような控えめな乙女 の恋心と武子の精神っていうのは実は共通

5:53 したものがあるという風に言っているわけ で、これって非常に日本人的感性であり なんかいいなって思いませんか?まさに ここに歯がれの奥義が隠されているんです 。例えばそれは西洋的な恋愛に例えられる ようなエネルギーを外側に発散するって いうことに対して声心のボルテージという のは例えば告白したり手を繋いだ瞬間から 原察されるという逆説的なことを語ってい ましてこの逆説的であるということが非常 にはくれらしいニュアンスだということを 覚えておいてください。要は一見すると 控えめで目立たない心志しの中にこそ 大きなマグマがあってそこでこそ

6:39 エネルギーが極まるというわけでその墓な さが恋の緊張感や準度を高めるのと同じ ように死というものが人間の生命力を極限 にすると言っているわけです。には平和、 安定、便利、快適は結構なことだが心志し を失うと書かれているんですけれども、 ここからも分かるように、歯がれの思想と いうのは現代的な僕らがいいと思っている 、より楽に、より安全に、より無難に、 より合理的で効率的でコスパよく生きると いう価値観とはかなりずれている部分も あって、現代人にはすぐには飲み込めない 部分もあるかもしれません。だけど日本人 って不思議とこういった考えに惹かれて

7:25 しまう自分がいるというのも事実だと思い ませんか?僕は最近ナルトの続編のボルト ブルーボルテクスっていう漫画に めちゃくちゃはまってて一気読みしたん ですけれどもナルトっていう漫画に人動 っていう概念が出てくるんですけどこの ナルトの人と武士ってすごく共通してる なって感じましてナルトとかリーとか外と かジライアっていうのはまさに自分の人度 を対現していて皆さんの中で武士道なんて 触れたことないって思っている人もG2は 漫画とかを通して武士精神を摂取してるん ですよね。ただ現代では海外の人たちの方 が日本人よりも日本の漫画を通して武士を 理解しているんじゃないかっていうのが、 ま、少し残念な現状なのかなって個人的に

8:11 は思っていまして、僕としては日本に こんなにかっこいい考え方が昔からあるん だっていうことを日本人に知って欲しいな と思って今日はね、お話ししていきたいと 思います。という書は先ほども言ったよう にものすごく逆説的で多くの矛盾に満ちて いる書です。またこの本にはいろんな宗教 とかスピリチュアルの本のような普遍的な 真実みたいなものが書かれてい るっていうわけじゃなくてその瞬間その 瞬間の生きる上での心構えっていうのが 書かれているのであってまさに今のような 変化が一著しい時代においてどう対応する のがいいかっていう教えでもあるんですよ ね。なのでですね、ハ学れを読んでいて 面白いのはさっき書いてあったことと真逆

8:57 のことが次のページに書かれていたりする ことがよくあります。例えばなんですけど 武士というは死ぬことと見つけたりの後に 何て書かれているのかと言いますと人間 一生わずかのことなり空いたことをして 暮らすべきなり夢の間の世の中につかぬ ことばかりして苦を見て暮らすは愚かな ことなりと書かれているんです。つまり 武士道っていうのは死ぬことだよって言っ たすぐ後に人間の人生はすごく短くて履か ないんだから毎日好きなことをして 暮らそうよって書いてあるんです。 ほとんどの人はこの部分を知らないですし 、これを聞いたところでどういうことって なりますよね。でもここが歯がくれれ らしくて矛盾しているようで筋は通ってる

9:45 んですね。なぜなら人間っていうのはこの 一瞬一瞬を生きながらも15年先のことも 考えながら生きないといけないですよね。 でも時間っていうのは今この一瞬しか存在 していないわけでいつも僕らはある意味死 に直面していていつ死ぬかわからないその 蓄積が人生なわけです。つまり人生って いうのはいつ死ぬかわからなくて過ぎたら 一瞬のことなんです。だからこそをして 暮らすべきなりと言っているわけです。 世の中にも他にも好きなことをして暮らそ うっていう本はいっぱいあると思うんです けれども、それらとは言葉の重みも深みも 違うように思いませんか?他にも歯がれに は意外な言葉が書かれていて、我は寝る ことが好きなりって書いてあるんですね。

10:31 これらの言葉っていうのは武士道というは 死ぬことと見つけたりの裏打ちであって、 そっちが奥義なんですね。そのようにして 、歯れという本には表面と裏面っていうの があるんですけれども、好きなことをして 生きるべきだっていう奥義から先に教えて しまうと、勘違いした若い週が鵜呑みにし て腐ってしまうからいつもはその部分は 隠してるってことなんです。ではここから は歯がれがどのように誕生したのかって いう背景を見ていきたいと思います。これ をしてることによって今僕たちが生きて いる日本の現代と多くの共通点が見えて くるはずです。歯れが書かれた江戸時代 中期というのは太平の世が100年ほど

11:17 続き、人々は穏やかな日々を暮らしながら もはや世の中から武士というものが 消えかけていた時代でした。その頃に佐賀 班の半州家に使えていた山本常友という男 が話した言葉を田代つ友が駆けしたものが 歯がれっていうものになります。なので実 は歯がれっていうのは元々武士全体を書い ていたんじゃなくて佐賀班っていう非常に 限られた場所での出来事を書いている書物 なんです。そんな山本常友がどんな人物 だったのかと言いますと、佐賀半州2代目 、え、ナ島三光茂という大様に使えてい まして、この山本家っていうのは元々 代々島家のお世話をしていた家で常友も

12:03 幼少期から42歳までずっと彼の即近を やっていました。なぜ42歳までなのかと 言うと、そこで主君の死に会うんですよね 。常友はもし主が死ぬ時が来たら自分も 死ぬと覚悟を決めていたので純視しようと 心に決めていたんですがその主君のしげ っていうのは自分の後を負うものが出る ことを見越して純視を禁じましてもしそれ でも純視するような人間がいたらその家事 断絶するという原例をしたんです。常友と いえど自分勝手な覚悟だけで自分の家計 善員に迷惑はかけられないと思って死を 踏みとまりまして生きる意味とか希望を

12:49 失った状態で20年のイント生活を送っ たって言われてるんですよね。当時の武士 たちの主空に対する中誠心っていうのは もうとてつもないものがありました。なの で言うなれば常友こそが本来ならば死ぬ べき時になかったという後悔の中その 後の人生を生きた人間であって彼はその後 ま出家の道を選んだんですよね。なので ハがれっていう人の中になんでこれほど死 というものが書かれているのかと言うと彼 の人生がたくさんの死を見届けてきたから だしその中で自分っていうのは武士なのに 61歳まで長息気をしてしまった。 言い換れば死に場所を失ったっていうこと に、ま、向き合い続けた結果なんです。で

13:35 、その20年間のイントン生活に書かれた のがれで、にはその11巻全ては過中にす べきというただ1つの約束ごとが書かれて いたんですけれども、本来であれば田友が 読んだら燃やすように約束していたにも 関わらず、その約束を破ったからこそ今僕 たちが読むことができているという、ま、 秘伝とも言えます。この友が唯一守ら なかった約束っていうのがハークレを残し たことなんですよね。そして常友の死護 江戸時代中期から明治時代中期頃にかけて 、ま、平和な世の中で、ま、退屈している 武士たちの間で静かに読み継がれていて、 武士の間では遺の書とされていました。

14:20 当時の徳川幕府の、ま、教科書っていうの は趣旨学だったので、ま、母白れが、ま、 堂々と学校で教えられたようなことって いうのは全くなくて、阪から阪市へ自発的 に必射されていて、そのうしがその家えに 隠されていたもの。ちゃんと 世の中で知らるようになったのは治時代の中期ぐらいになってからで戦後にも GHQに よっさりどとにかく人たちの間で隠れて読み継がれてきてまで残っているとんでもない書物だということなんです。 というに、ま、多くの人たちはハークレが 武士前生の時代に書かれたと思っていたか もしれませんが、実はもう本物の武士が どこにも見当たらなくなりかけてきた頃に 書かれた、ま、非伝の書ということ。また

15:07 一般的に、ま、武士道と言うとニト部稲蔵 の武士と歯がれが、ま、混動されがちなの で、その違いについても少し説明しておき たいんですけれども、ニト部稲蔵の武士 っていうのはもっと後に書かれたもので、 ニト部がアメリカだったり、海外に向けて 武指導とはなんぞということを説明書の ようにまとめたものであり、より武士の 理想像を世界に伝えた本になります。これ が現代の外国の方たちの、ま、日本の侍の イメージを作ったと言っても過言ではない と思います。一方でハワクれっていうのは より実践的で差が班という限られた場所で 感じられる等身台の武士の心へを生々しく 綴ったものなので2つは似て日なるもので

15:54 ありハれっていうのはより体型化しにくい 思想になります。この武士っていう概念は 、ま、日本のものなのにも関わらず、ま、 海外の人たちからはもうとても尊敬されて いる一方、日本人っていうのは変に、ま、 戦後教育とかマスメディアの印象によって なんだか触れてはいけないもの、なんだか 関わっちゃいけないものみたいに扱ってる のが非常にね、残念だなと個人的には思っ てます。でですね、なぜ僕が今この動画を 作ろうと思ったのかっていうことにも 繋がってくるんですけど、ま、以前の中で 僕は、ま、ハークレっていう本を大事にし てるんですよねっていう話をしたら、ま、 たくさんのコメントで、ま、動画待って ますと言ってもらえたということもあるん ですけれども、まさに今の日本の空気感と 歯れが生まれた時代の空気感っていうのが

16:39 非常に重なって見えるんですよね。と言い ますのも、歯がれが書かれた時代の佐賀班 があった場所っていうのは非常に特殊な 条件でして、当時左国をしていた日本の 江戸時代、開光していた港が長崎にあっ たっていうのは歴史で習いましたよね。 そしてその長崎のすぐ隣にある佐賀って いうのは長崎に来た中国人やオランダ人が 江戸に向かう際のま、通り道になっていて 佐賀の阪市たちや佐賀の市民達っていうの はこの港を生きしている外国人たちを日常 的に見ていたんです。もちろん当時の人 たちからするとこの外国人っていうのは今 の僕らよりもはかに珍しい存在に写ってい たはずです。また日本に来た外国人の 方達っていうのは基本的に長崎の出島って

17:26 いうところにいたんですけれどその影響に よって長崎市内全体に異国の空気というの が漂っていて佐班っていうのは幕府の命令 で度々長崎の防尾っていうのをやっていた こともあってそんな異国の空気を肌でま いった人たちなんですよね。ですので、ま 、佐賀の方言なんかを調べてみると非常に 面白いんですけれども、ま、看語と関係し ている、ま、今の中国語と関係がある言葉 というのが、ま、たくさんあるんだそう です。つまり歯がれっていうのはそういっ た外の世界の文明の波を受けながら自分 たちのアイデンティが毎してしまわない ようにという意識の中から生まれた書とも 言えるわけです。それは今の日本社外の中 でも不安に思ってる方が多いと思われる 外国人移民の問題とも共通するものがある

18:13 と感じませんか?僕ら日本人っていうのは 今まさに外国人がこれ以上増えたら神社 物格がなくなっちゃうんじゃないかとか 日本人の精神性が薄れてしまうんじゃない かって不安になってませんか?だからこそ 今政治的にはこの強い日本を取り戻そうと いう流れが起きているわけなんですけれど も実はそれと同じような状況が歴史の中で では何度も起きていて歯れというのはその 時に生まれたものと言えるわけです。なの でこの令和の今の時代に日本人が歯学れや 武子を再認識するということは今後の日本 の文化を継承することや、ま、日本らしさ を守ることにつがるんじゃないかなって 個人的には思うわけです。というわけでね 、とんでもなく長い前情報を色々話しまし

19:00 たけれども、やっとその中身ハクれの親髄 について触れていきたいと思うんです けれども、当然この動画の中だけでハ学れ の全てを伝えることっていうのは不可能 ですので、ま、今回は覚悟と美学、人間 関係、人生の構図の3つの軸を元にお話し していきたいと思います。ではまずは覚悟 と美学について。不道において覚悟と美学 は表利一体の概念でして美しさっていうの はイコール強さなんですよね。本来の武士 たっていうのは朝必ず水を浴びって沿って 紙におこをつけて手足の爪を切ってその爪 を軽石で擦すってその上で草で磨いてまし た。それはおしゃれをしているわけじゃ なくて今日内地にするかもしれないという

19:47 覚悟の現れなんですよね。ここで武士道と いうは死ぬことと見つけたりの真の意味に ついて見ていきたいと思うんですけれども 、これには続きがあって2つ2つの場にて 早く死ぬ方に片付くばかりなりと書かれて あります。この2つ2つの場っていうのは 生きるか死ぬかといった場面のこと。武士 には生きるか死ぬかの2択を迫られるよう な場面があってその時どちらが正しいの かっていうことは分からないし正しい選択 をするということは非常に難しいことで ある。そして人というのは誰でも死ぬより も生きる方がいいに決まっていて大かれ 少なかで生きる方に理屈がつくことは当然

20:36 のことだ。だけどもし死ぬことに躊躇して 失敗した挙く生き残ったとするならばそれ は周りから腰抜けと言われるだろう。そこ が難しいのだ。もし死んでいたとすれば犬 にだとしても恥にはならない。ここに武士 の本質があって武士道を極めるには朝ゆ 繰り返し死を覚悟することだ。これがこの 言葉の意味になります。これ分解すると 結構複雑な言葉で、この生きるか死ぬかを 迫られた時に人間っていう生き物には必ず 迷いが生まれるわけですよね。ですが武士 にとってその迷ってる時間なんていうもの はそもそもないわけで、迷っていたらそれ はもう負けを意味するんですよね。だから

21:23 こそ覚悟を決めていればその一瞬の迷いが 生じないっていうことでもだからと言って 死んだ方がいいと言っているわけじゃなく て死の覚悟を日頃から持っておくことが 大事だしその覚悟があるから勝て るっていうことなんじゃないかなと思い ます。白か黒かっていうのを決めるのって なかなか難しい中でその覚悟を持っておく 。僕は最近ニュースを見ていて、この日本 人の遺伝子において覚悟があるのかって いうことが実はものすごく重要なんだなと 感じさせられることがあって、それはこの 前の衆議院戦なんですけれども、高一さん が圧勝して某政党が、ま、壊密的に負けて

22:09 しまいましたよね。あれを見ていて思った のは政治家っていうのは昔の時代で言えば 将軍であり阪であり国民たちを引っ張る 存在で日本人は選挙の時にその人やその 政党の政治能力だけじゃなくて覚悟を見て いる民族なんじゃないでしょうか。その 結果高一さんという人に武導的な覚悟を 感じた人たちがたくさんいた反面某の裏を 書いて敵と合流したり何がしたいのか 分からないっていう動きが絶望的に 悪め立ちしてそれが日本の国民たちが持っ ているその日本人の美学として小ざかしく 写ってしまったのではないか。我がれには 普段から必死の覚悟がないものは必ず悪い 死に方をするとあって日本人はこの深い

22:57 ところでこの人間の覚悟みたいなものを 感じ取ることができてそこで初めて信頼 できるかどうかを判断している得意なま 民族なんじゃないかなって思うんです けれども皆さんはどう思いますか? グローバル化っていうものが進むにつれて こう世界中の国々にはそれぞれ違う歴史が あって国の国国民性があって、その国に よって政治のやり方や求められているもの が全然違うっていうことが浮き彫りになっ てきているような気がします。そして武士 の世界では一瞬というのが命取りでその 一瞬の迷いが弱さになって隙を生み、ま、 命を落としてしまう。逆に言うとこの死を 覚悟した人間っていうのは死に物だから

23:44 めちゃくちゃ強くなるっていうことも書か れてあります。この死者というのもれの中 のま、重要なキーワードだと思っていまし て、死に者の武士1人を倒すのに数十 人係かりで失敗することがあるんだそう です。つまりこの社会で言い換えるので あれば大仕事をなしたいのであれば正気で いてはなすことができない。着ぐいになっ て死に者いになってやれっていうこと。 自してあきたらんという言葉がありまして 、豊秀吉に使えていた王野は種っていう男 がいたそうなんですけれども、ま、彼は 徳川に捕まってしまって日破りになって しまった。日破りなのでもちろんま死んで しまうのが普通なんですけれども黒焼きに なった後その死体を確認しに来た剣士に

24:31 突然飛びかかりその脇き差しを抜き取って それを腹にさしてその後に肺になって死ん だという伝説が残ってるんですよね。牛 っていうのは死に者いになれと同時にただ では死ぬなっていうことなんです。その 一方でなんですけれども母白れの時代には 武士というのはすでにサラリーマン化しい みんなインテリア知識人みたいな雰囲気 だったそうなんです。そしてハ学クれって いうのはそのインテリっていうのを真こ から批判しています。それこそ今僕たちが 生きているこの社会というのもまさに 生き延びることに全ての前提がかかってい ますよね。僕も命は大切。命は何よりも 重いと教えられてきました。もちろんそれ 自体は素晴らしいことなんですが必ずそこ

25:19 には弊害が生まれるんです。こういった 価値観ってこの平和な時代だからこそ 言えることってれっていうのは常にその 時代の価値観と麻薬のことが言えるように 書かれていて武士はランセには行動で武勇 を示し平和な時代には言葉で勇気を表せと いうように書かれています。つまり今が 平和な世の中だからこそ死を覚悟しなさい とあえて真逆のことを言ってるんです。逆 にそんなこと戦国時代に言う必要があり ませんよね。では武士というは死ぬことと 見つけたりという言葉をまとめますと、 この言葉は人間の命も容赦ない死もその

26:04 尊厳を思じて現代人は聖をこれほど尊重 するのに死をあまりにも惨目なものとして 捉えすぎているんじゃないかということを 問いかけている。逆的に毎日死を覚悟して こそ本物のせが輝くんじゃないかっていう ことなんです。ただしですね、一応言って おきますと僕たちは少なくとも武士じゃ ないですよね。なので本当のことを言うと 、ま、武士と現代の僕らというのはその 前提が違うわけです。だから論理的に考え ていけばこの武士の教訓なんて今の生き てる僕らに何の関係もないじゃないかとも 言えるけれどその前提を超えたところで そういった考え方がこの生活の中に応用

26:51 することはできるんじゃないか。そして僕 らは今日死ぬと思って仕事を始めた時に その仕事が急に生きとした光を放ち出すの を認めざるを得ないんです。どうでしょう か?なかなかにね、深い言葉だなと思い ませんか?で、これはあくまでも僕の考え 方にはなるんですけれど、ま、基本的に、 ま、みんな自分が大事じゃないですか? もちろん僕自身も自分が大事で大事だから こそいざっていう時に守りに入ってしまっ たり、ま、うまくやろうとしてしまう自分 がいて、そんな自分っていうのがなんだ かっこ悪く思えるような日もあるわけです 。だけど僕っていうのはたまには自分で 自分自身のことをかっこよく思いたいわけ で、いつか死ぬ時にそんな自分を称え

27:37 られるための心構えとして武導というのは あるんじゃないか。そのように武士は常に 逆説的で合理的ではない思想なんです。 そんな歯がれが徹底的に批判している髪型 風、感情もインテリ知識人について軽く 説明したいと思います。ここは現代社会に 照らし合わせてみるとまさに真逆で歯学れ ではそういった人たちのことをまって言う んですよね。つまり物事を全て損か解得か で考える人間のこと。なぜそれがダメかと 言うと忖徳で言ってしまえば死は損で聖は 得としかならないですよね。また合理主義 という鎧いをまとった人間はまるで普遍性 を獲得したような錯覚に陥りその死体の弱

28:24 さと主観の脆弱さを隠してしまう。感情も は口がうまく自分の知恵と和実で内心に ある欲病とか欲望をごまかして自分自身を 欺自ら欺かれる浅ましい姿を露呈すること になると書かれています。僕はこれを 初めて読んだ時に昔の自分のことが書かれ ているのかなっていう風に思って非常に 食らったんですよね。僕っていう人間も実 は合理主義的な思考というのは非常に得意 でそれこそま今の世の中っていうのはこの マーケティングとかブランディングとか バズリとかフォロワーとかみんながどう 自分をうまく取り作ろうか選手権みたいな 時代ですよね。でもこういう時代だから

29:10 こそ僕らは武導というものに憧れるし、 こうやってハれの思想をみんなに伝えたい けどそのためには再生回数が必要という 事連マを抱えているわけです。なので、ま 、個人的には常友とか三島に今のこの令和 の時代に生きていたら、ま、どうしたら いいですかという風に僕はめちゃめちゃ 相談したいです。ここで個人的にめっちゃ 好きな武士の話っていうのがあるんです けれど、歯れにおいて武士っていうのは とにかく自分の見た目に気を配れって書か れているんです。昔の武士たちっていうの は、ま、興奮っていう赤い粉みたいなのを 常に持ち歩いて化粧をしていたんだそう です。武士が化粧するなんて全然イメージ が分かないと思うんですけど、武士は

29:58 酔いザメや寝起きに青ざめた顔をしてい たら紅ニを塗るのがいいとされているん ですね。なぜなら男は死んでも桜色だから 。例えば武士っていうのはこう迫服する時 に自分の腹に刀を刺すわけだから めちゃくちゃ痛いし血も出るからこう顔色 が悪いわけですよ。そして、ま、首を切ら れたらその顔というのは青ざめてしまう。 だけど、そんな死んだ時にも自分の顔色が 悪くならないように頬とか唇に、ま、 紅ニーを引くというのが作法であって、 自分を殺す敵にもない道徳っていうのが あるんです。武士っていうのはもう夜道を 歩いていたらもういつ敵に首を跳ねられ たり切りつけられるかなんてことはわかん ないわけでそんな時にこう3ともない顔を

30:45 していたら敵に笑われてしまうっていう 美学があるんですよ。この覚悟と美学と いうものが歯がれの中では密接に結びつい ている点に関しては今回詳しく説明すると 長くなってしまうのでしませんが簡単に 言ってしまえば美しいものというのは常に 強くて生きしていてエネルギーに満ち溢れ ているんだっていう考え方です。だから 物資度を極めるためには美しくなきゃいけ ないっていうことだしBが同徳の基本で あるとされてるんです。これは古代 ギリシャの哲学と美ついていたのと同じか もしれません。では続いては歯がクれに おける人間関係について。武士の時代って 、ま、実は反とかを運営していく上で人間

31:33 関係っていうのが最も重要で、例えば後継 者争いとかがこじれてしまうとハっていう のは長続きしなかったんですよね。だから こそ浜れには人間関係のこともたくさん 書かれていて、その中にはこんな エピソードが書かれています。飛行さを顔 に出すものは成功しない。常友は13歳の 時に1年間引きこもったそうなんですよね 。彼がなぜ引きこもったのかと言うと、 あの子は履行そうな顔をしているから やがて失敗するだろうと言われてしまった から。それが刺さって1年間鏡を見て自分 の顔と向き合いながらその顔つきというの を変えていったそうなんです。じゃあ常友 が言うところの、ま、どんな顔がいいのか と言うと、うやうやしく苦みのある顔と

32:20 いうのがいいとされていて、この うやうやしくっていうのは謙虚で可愛げが あるっていう意味で、苦っていうのはその 反対に一歩も寄せつけないような異厳が あること。その愛反する2つの要素がある 顔がいいとくれではされています。これは 個人的にオリンピックを見てて思ったこと なんですけど、オリンピックに出るような 選手とかメダリストの人たってやっぱいい 顔してるなって個人的には感じて、これは 決して、ま、顔が整ってるよねっていう ことじゃなくて、顔っていうのは本当に その人の全部が現れてるなって僕は個人的 に思うんですけど、皆さんはどう思います か?続いてなんですけど、人と話す時には まずは相手の気質を見抜き、例えば理靴

33:08 っぽい鼻っぱしが強い人だったらこちらが まずは折れて付き合い、ま、角が立たない ようにしながらも相手の理屈の上を行く 通りを使ってそいつを言い伏せその後は 少しもしりを残さない。要するに言葉とか 態度とかっていうのをめちゃめちゃ大事に してうまく扱えよっていうことなんです。 最近って、ま、いろんなバラエティとかを 見てると、こう自分が思ってることをすぐ に言っちゃう人がいて、ま、それがすごく いいみたいな風に言われてる風潮ってある じゃないですか。でもそういうのって一歩 間違えるとこう微妙にシりみたいなのが 残ったりするので、ま、実はものすごく 危険なことなんじゃないかなって個人的に 思います。なのでそこは相手を見極めよっ

33:53 ていうこと。あとはもしね、誰かに相談を するっていうことがあるならば、この自分 と理害関係が全くない外部の人に聞けって 書かれていて、仲間打ちで相談をして しまうとこう都合がいい意見ばかり出て くるので、まずは外部の人に自分のことを 批判させるっていうのが1番有効なんだ そうです。そしてこれは飲み会とか パーティーに誘われた時に使えるやつなん ですけど、無断で人を尋ねてはならないっ ていうのがあって、ま、そりは無断で人の 家に尋ねていったら良くないよねって思う と思うんですけど、とにかく、ま、誰かの ところを訪れる時には先方に話を通すって いうこと。招かれてないようなところには そもそも行くなっていうことなんです。 じゃないと基本的にはこう自分が強覚めし てしまうことにもなるし、ま、相手に迷惑

34:40 こうかけてしまうことにもなる。逆に自分 が仕事中だったり取り込み中の時に誰かが 訪ねてきた時には絶対に不合そうにしては いけないし合わないようなこともいけない と書かれてます。これらはとにかく相手の 立場になって行動をし、相手に嫌な気持ち をさせないように接しろっていうことと 招かれてればいいのかっていう話もあって 、ま、例え自分に声がかかっていたとして も、ま、時によってはとりあえず声をかけ てきたっていうような場面もあると思い ます。あと愚痴を言うための集まりみたい なものもあるじゃないですか。で、そう いうところっていうのは、ま、言っても あんまりいいことがないよっていうこと です。歯がれには他にも人間関係の教え だけで何十個も書かれているんですけど、

35:26 ま、もう1つだけ紹介すると上には上が あるものだという言葉があります。一生の 修行の間には順序というものがあって下の くいというのは自分のことも下手だと思う し人のことも下手だと思う。もちろんこう いう状態の人間っていうのは役に立ちませ ん。のくらいまで行くとまだ役には立た ないけど自分の足りない点が目につき、ま 、人の欠点なんかも分かるようになる。 そしてジのくらいは、ま、全てを自分の ものとし、ま、自分の実力を自慢ができて 、ま、褒められることに、ま、喜びを 感じる。さらには、ま、他人の足りない点 なんかについても嘆く。で、こういう人間 は、ま、役に立つとさらに上のジの上と 言える人は、ま、自分のことを全く表面に 出さず知らんふりをしている。れていても

36:13 人のことをね上手だなっていう風に思える 。この上にさらに超越した資玉の境地と いうのがあって、その道に深く入っていけ ば行くほどその道に終わりがないという ことに気づき自分の足りない点をよく知っ て満心することも髭することもなく一生を 過ごす。これはあらゆる業界、あらゆる 業種で同じことが言えるんじゃないかなと 思います。では最後になりますが人生の 構図についていくつか紹介して終わりたい と思います。実は歯がれにはマトリックス のようなことが書かれてあってこの世は 全てから空ク人形なりと書いてあります。 常友は導く人たちを観察してなんとよくも

36:59 まあできた人間だなと操り意もなしに歩い たり飛んだり跳ねたり口も効くとは上手な 最くだわいなんと虚しい世界だと言ったん だそうです。さらにこのようにも書かれて います。現は幻と読むなり。天軸にては 術師のことを現術師という世界は皆から 空く人形なりの字を幻の字を用いるなり。 今でこそこの世界は幻なんじゃないかって いう映画とか漫画とかたくさんありますし 、量子物理学や農家科学の発展なんかも あって僕らはその考え方を飲み込めている わけですけども、まだそういったものが 何にもない時代のこの頃にすでにこんな ことを言っていて、やっぱり常友って

37:46 すごい観察癌なんだなって思わされます。 そしてこのようなことも書かれている。 若いうちにとにかく苦労があった方がいい 。常友が人がやってはいけないことは何か と聞かれた時に答えたのが大酒自慢贅沢と いったそうです。不運な時は一向に構わ ないけど少し幸運だった時にこの3つの 項目が命取りになりがちだと。他の人を見 てみなさい。ちょっとうまくいくと調子 自慢に贅沢がちになって見苦しい限りで ある。そして人は苦しい目に合わないと 根性が座らないもので若いうちはとにかく 苦労の多い方がいい。大体苦労が多く不穏 な時に疲れてしまうような人間は役に立つ

38:35 ものではない。とにかく苦労をたくさん しろと。そしてその苦労でもう疲れちゃう ような人間はそもそも役に立たないんだっ ていうことです。そして人生を慌てるな。 早すぎる出世は危険とも言っています。僕 らっていうのはやっぱりこう早いうちに 出世した方がいいんじゃないかって思っ てる人も多いと思うんですけれども早く 出世してしまった人の多くっていうのはこ 長持ちしないんだそうです。なのでハクれ 的にはこう50歳ぐらいの時がピークに なるのがいいって書かれていまして焦って しまうとこう上ついてしまうので自然と 周りに引き立てられてしていくのが 望ましいと言われています。では最後に 武士道と神について皆さんも聞いたこと

39:22 あると思いますがには汚れという思想が ありましてこの武士道と汚れっていうのは 結構愛反する概念になるんです。なぜなら ば古島における死っていうものはイもで あり地というのは汚れなんです。ですが 武士というのは1度戦に出てしまえば周り は死体の山で血の海を歩いて進んでいか なきゃいけないわけです。そうなると必然 的に武士たちは島の教えを忠実に守ること ができない。そんな時に常友がどうしたの か、どのように考えたのかと言うと、その 島のタブーを犯してでも武士道を貫き、 汚れをお構いなく毎日神社に手を合わせた

40:08 んだそうです。要は戦で血をかぶり死人を 乗り越えて神社で運命を祈った。これが どういうことなのかと言うと、これほどの 信人を持っていて後ろ向きな神であると するならば、そんな神はどうしようもない のだからお構いなく拝むということなん です。これを読んで確かになって思わされ ました。つまり武士道と島っていうのは、 ま、愛反するところはあるけれども、そこ の教会線は曖昧なままに融合して調和して いる辺りがまさに日本人的な考えなんじゃ ないかなと思いました。ということで、 ここまで長々といろんな話をしてきました けれども、皆さんはどの話に光りましたか

40:54 ?世の中には歯がれに関する本っていうの は様々あるんですけれども、もし興味を 持ったという人はまずは三島幸夫のハクれ 入門から読むといいのではないかなと僕は 思います。長くなってしまいましたが、 是非皆さんの感想やコメントお待ちして おります。ということで、え、最後までご 視聴いただきありがとうございました。 次回もよろしくお願いします。失礼します 。

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