0:02 今日はえスーフィズムについてお話をして いきますえスーフィズムという言葉はえ 聞いたことがないかもしれませんがえこれ を日本語にあえて訳すとするとイスラムの 神秘主義というちょっと説明的な言い方に なりますえーで神秘主義という言葉につい ては皆さんも聞いたことがあると思うん ですがえ普段使う言葉ではありませんから 応意味を書く確認しておきますとここに 四角で囲んだ通りえ私たちが普段神と呼ん でいるようなもの超越的な実在を日常的 感覚世界から出したつまり普通の日常的な 感覚とは違ったレベルで内的直感によって
0:50 直接に体験しようとする宗教哲学の立場と いうことになりますえま皆さんも神秘主義 ということについては私もそうですが自分 で体験したわけではないのでえーあれだと いう風にえは思わないかもしれません けれどもえ日常的に私たちがえ使っている ような理屈であるとかあるいはあ言い方に よって説明がつくものではない えー少し平たく言うとえ理屈を超えて 分かったとかあ少し高級な言い方をすると 悟ったとというような えー直感でえ説明はできないんだけれども
1:35 え分かった捉ええ捉え切ることができたと いうようなえ一瞬が来るという風に考える 立場ですでこれはえイスラムに限らずえ他 の宗教とかあのこう哲学の流れの中にも 存在するえ立場であってイスラムにもそう いう流れがあるということをこれから話を していき ますでこうしたあ立場に立つ人えーそう いう考え方をしてえそういう経験を手に 入れようとする人たちえのことをイスラム の中ではえスーフィーという風に言います スーフィズムを実践している人たちえつ すなわち神秘カですねでその人たちのえ
2:25 捉えるイスラムと今までお話をしてきた ようなえーいわば公的な えーところにえ姿を表すイスラムそれはあ 一般にウラマーと言われる人たちが代表 するようなイスラムですがこの2つを 比べるとえかなり違っているところがあり ますえ言い換えると一般イスラムというと ウマたちが代表するようなイスラムのこと をイメージするんですけれどもえ実は イスラムの中にはそれ以外のもう1つ別の 顔があるという風に考えてくださいえーで 今日はあスーフィーのイスラムの方が主役
3:12 ですのでこちらの方から始めますとえー彼 らはイスラムについてどのように捉えて いるかというとまず神唯一心のこと彼らは どのような捉え方をしているかそれを一言 で言うとえ神は愛の大償であると愛すべき ものであってえ当然愛する対象というのは 近づきたい一体化したいえーそこで修行を 行ってえ一体となれる時までえ自分が できる限りのことをしていくという風に 考えますでこれに対してえ一般的に イスラムというとこんなイメージがあると 思うんですがイスラムではえ神のイメージ
4:01 は恐れの対象ですただ恐れと言ってもこの 文字 を使っているえーということを注意して ください え私たちが怖いというようなあの恐れでは なくてえ異すべきものつまりその対象が あまりにも偉大でえー自分たちとは比べ物 にならないほどお大きな存在であって 恐れ多くて近づけないというような感じの え恐れの対象ですえすなわちえスーフィー の神のイメージが一体となれるものであっ てえそうなりたいと思えるものであるのに 対してえ浦たちのイメージする神というの
4:49 は人間から確実した存在人間とは比べよう がない近づくことはもちろんえ憧れの対象 であるからはないわけではないけれども しかしそれはありえない遠くからひれ伏す 対象というようなえイメージそれが浦の 抱く神のイメージの典型ですえかなり違う ですねでさらにスーフィーたちがどういう ところに関心を抱いているかというとどう やって自分の心の中内面を浄化してで内面 を浄化すると神がその私を受け入れて くれるそれによって神との合一えそのこと
5:35 をまさに神秘体験と捉えるわけですけれど も神と一体になるそのえ状態に至ることが できるかえつまり自分の心の内面そのあり よが1番の中心え中え関心の中心になるん ですねでそれに対して浦の浦たちの関心と いうのはこういった内面的なものに対して 関心がないわけではないんですけれども どちらかと言うと社会のありをえこちらに 関心がありますつまり社会のあり方がえ 正しいいかに共同体の秩序が守られるかえ そしてそれがイスラム的な形に維持発展す
6:22 えすることができるかそちらの方に主な 関心がありますま彼らから言わせるとえ 内面的な問題がどうでもいいということで はないしかし内面の問題というのは 1人1人の個人の問題であってえ他人の心 の内面っっていうのは見られないですよね なのでそこは議論するわけにいかないえ あるいは1人1人の人間が片付ければいい ことであってえ議論をして えみんなで努力して何かしようというもの ではないというに考えていくということ ですえでどうしてこういうスフィたちこう
7:07 いうイスラムの見方が生まれたのかという ことを次に見ていきます え重要なのはですねイスラム教とたちが 置かれていた状況がかなり変わったという ことですえイスラムは前にお話をした通り 7世紀の初島にアラビア半島でえメッカで 始まりましたムハンマドが生きている間に えアラビア半島10にイスラムは受け入れ られてえメディナにえ本拠地を置いてえ イスラム共同隊が誕生したですよ ねしかしながらまだアラビア半島の中にえ
7:54 イスラムが限定されていた時まだまだ半島 中えの人々がえイスラムの支援にしっかり と えついてきていたか理解してその支援に 従っていきていたかというとまだあ多神教 から回収したばかりえそしてイスラム的な え共同体のあり方というのもはっきり見え ておらず以前として多神教の時代からの 伝統も続いていた時代です えつまりえその時代はこれからあイスラム の理想を立てないといけない えー気持ちを引き締めていないとえ イスラム以前の状態に戻ってしまうという
8:42 ようなある意味緊張感があったとそして イスラム教徒の間にも古特に古からの イスラム教徒の間にはえムハンマドから 直接え教えられたそのイスラムの合を守り そして人々に正確な教えを伝ええその教え に基づいたイスラム共同体を築き上げ なければならないという使命感もあったと 思い ますしかしながら えムハンマドが亡くなりそしてえ政党 カリフ4人の時代も終わり えこないシ派についてお話しした時に言及
9:27 した通りそのの後はうがえカリフの地位を 独占するという時代がきますうが全てを 牛耳るウヤ家による王朝の時代ウヤ町の 時代がやってくるんですねでこの時代 イスラム の歴史の中はには何が起きたかというとえ イスラム教徒が支配する地域がアラビア 半島を出て広大な地域に及んでいきます えマア町の時代に え西はあイベリア半島までそして東はえ南 アジアえインドのえ北あまでイスラム教都
10:18 の支配する地域が広がりましたえーそう することによってえイスラム教徒の間には もうえ成功体験しかないというような時代 がやってきたわけですイスラム共同体は 拡大につく拡大を経験しているだけでえー 気持ちを引き締めていないとイスラム共同 体は潰れるイスラムの教えは消えてしまう というような感覚はなくなっていくえここ に書いた通り主観が起きるんですねえ緩ん でしまう緊張感がなくなってしまうでこの ことにに対してそれでいいのかというよう なあの聞き意識を抱いた人たちがわずかで
11:06 はありましたけれどもいましたえつまり イスラム教徒たちのえ特に指導層の感覚が え支配する地域を拡大することそこにえ 拡大したうん地域領土にふさわしい統治の システムを立てることというようなところ に関心が集中してしま えコーラの中に何が書かれているのか ムハンマドが伝えたメッセージは何だった のかというようなことえ無視するわけでは ありませんが えま政治に手一杯で当地のシステムをえ 打ち立てることに忙しくて狭い意味での 宗教に
11:52 関する えー興味関心が薄れてくるというような 状況が生まれていたでこのことに関して 一部の人たちはそれではいけないという風 にえ考え行動を起こしたとことによって 生まれたのが金欲主義の流れですえで金欲 主義についてはこれをえスーフィズムと 呼ぶことわけにはいかないえなぜかと言う とえーまだまだこの の段階では神はえ えウマと同じえようにだえイメージされて いて恐れの対象であり異すべきものであっ
12:39 たからですでこの段階を代表する人物に ここに書いたハッサンバスリエがいますD というのはダイルつまり728年頃にえ 亡くなったと言われている人物でえま7 世紀から発生紀の初めに生来た人物ですね で彼はこの金融主義者の代表という風に 言われていてえあらゆる快楽喜びにせを 向けて富も明星も権力もそして家族と一緒 に過ごすという幸せにも背を向けて家族も 捨て財産も捨て地位も捨てそして1人え
13:25 ホラ穴のようなところに生活をして え修行に励むとえ快楽に溺れることによっ て神に罰せられることそれを非常に恐れて えーあらゆる誤ちを自分が犯さないように えー楽な方に流れるということを避ける えー自分を立して厳しい条件の中で ひたすら神のことを思ってえ祈るえその ことによえ救いを得ようとしたというそれ が金欲主義の流れですでえこれもやはりえ スーフィズム誕生の一歩なんですけれども
14:12 え世俗的なこと現世的なことから離れると いうところでは一歩なんですけれども やはりえ神と一体になりたいえ神 を屈を超えてえ直感によって捉えてになり たいというようなところはないので依然と して金欲主義という風に考えますでさらに え時代が下りましてえウ町の後アバース町 という王朝が生まれます今度はアンバス家 がえカリフの地位を独占していくというえ 時代が訪れたんですねでこの時代になると えどういうことがあ問題として意識された かというとさらにえ大きな王朝が静粛の
15:04 時代を生まれてえ浦たちがまいわば官僚の ようになっていくという時代が訪れます大 帝国が誕生し複雑な統治の気候が必要に なるとでこの時代えイスラム世界では 知識人というのはすなわち浦間知識人以外 に文字を自由に読み書きしそして書物を 読むことによって論理的にものを考えて いこう議論しようとするそういう人たちは いなかったわけですからえまさにえ現代で 言うとえ高い教育を受けてその教育を元に して仕事専門的な仕事をする人たちていう のが裏しかいなかったですので今日的に
15:52 言うとえ高級官僚がしているような仕事を 誰ができたかというとえウマしかいなかっ たんですねでウマがそういう仕事にえ こううん集中していくようになるとすると 先ほどの発散バリーが抱いた期間と同じ 類いのものですけれどもえ浦たちの学問が どのように手落ちを行うかどのように裁判 をするかどのように記者えあるいはを 集めるかそれをどうやって配分するのかと いうようなお極めて現世的なところにどう
16:37 役立つかというところに彼らの専門的な 知識がえ使われていくようになるそしてえ まさに浦たちは官僚のようになっていく ですねでそれでいいのだろうか浦たちは スラム京都の指導者なわけですけれども 精神的的な指導え狭い意味での宗教的な 指導をしなくていいのかえ指導者がそう いう意味での指導者がいなくなってしまう じゃないかというような危機感が抱かれて でそのような危機感を抱いた人たちが 私たちだけはえイスラムの教えを統治の システム政治的な気候 をえにえ役立つものとして捉えるのでは
17:27 なくて本当の神の意思に近づく神に一歩で も近づくえための何かという風に捉えたい えという人たちが現れましたでそれによっ て神秘主義にさらに展開していくという風 に言われていますでこれは西暦で言うとえ 9世紀から10世紀 え金欲修理の時代よりもさらにもう1世紀 経っているという風に考えてくださいええ でその1番初期の人物として知られている のがラビアアビアというえとえ神秘カです えーでラビアという名前からしてすぐにえ
18:14 もしかするとアラビア語をやってる人は 分かると思うんですけれどもこの人物は 女性ですえウマの中には伝統的にはえ今日 は少し違いますけれども女性はいませんが え神秘かスーフィーの流れの中には女性は 多くはありませんけれどもえ女性はえい ますその中で最も有名なのがこのラビア アウアという女性ですで彼女はもう神秘化 の典型でえ神のことを愛し抜いてそしてえ 神と一体になりたい全てのことを神のため にしたい自分なんかどうでもいというよう な
19:01 えその神へのま俗っぽい言い方をすると 本当に途なあ愛というものを抱いた人です で彼女が残している言葉についてえここ見 てください大神よもし私が地獄の恐怖から あなたを礼拝するのであれば私を地獄で 焼いてくださいもし私がえ天国が欲しくて え あなたを礼拝するのであれば私をそこから 追い出してくださいしかしもし私があなた ご自身のためにあなたを礼拝するのであれ ばどうかあなたの永遠の美を取り上げない でくださいという風に言ってるんですね
19:47 まさに自分が天国に入りたいから地獄に 入りたくないから礼拝してるんだったら そんなのうん彼女にとってはそんなのは 自分本位で えうん間違ったあ動機であるという風に 出すしかし私の気持ちがあなたをあなたの ためつまり神のためにえ礼拝するのであれ ばえ神のことを愛しているから礼拝するの であればどうぞそのまま私を礼拝させて くださいという風に言ってる自分のために やってるんだったらそんなのは入れないで くれとしかしあなた神のためにやってるん
20:32 だったらそれを受け入れてくださいという ことを言ってまさに私が私のためにじゃ なくてえあなたのために えー私たちの感覚で言うとこう究極の恋愛 感情と言ってもいいようなそういう1つに なりたい私のことなんかどうでもいい 愛するその人のために何かやりたいえそれ がもっとのした形というのがラビアアダ ウィアの感情の中には現れていてまさに これが うん金欲主義からえ神秘主義に変わった 決定的な段階という風に言えるのではない かという風に思います