井筒俊彦『意識と本質』読解:禅でも易でも東洋思想ならとにかく本書【改訂2版】

概要

この動画は、伊豆俊彦の著書「意識と本質」を解説しています。外界は素粒子で構成されたカオスであり、言葉によって現実が構成されるという東洋思想の視点から、本質の概念を2種類に分類し、ユング心理学、理学、プラトンのイデア論、孔子の正名論を例に挙げながら解説しています。

  • 言葉はカオスを区切る役割を果たし、現実を構成する。
  • 本質は普遍的本質(マーヒーヤ)と個体的本質(フイヤ)に分類される。
  • ユング心理学の集合的無意識は、文化的無意識に沈殿した本質体系であり、言語荒屋敷によって表現される。
  • 理学は、無意識のパターンを望ましいものに修正することで現実を改善することを目指す。
  • プラトンのイデア論は、現実世界はイデアの影であり、魂はイデア界への回帰を目指すという考え方。
  • 孔子の正名論は、言葉によって万物の本質を明らかにし、倫理的価値を重視する考え方。

言語によるカオスの分節化

この章では、外界はカオスであり、言葉によって現実が構成されるという東洋思想の視点が紹介されています。言葉はカオスを区切り、太陽や海などの現実を認識するための重要な役割を果たしています。言葉以外にも、服装や建築のデザインなど、様々な道具がカオスを分節化し、現実を構成する役割を果たしています。

普遍的本質と個体的本質

この章では、伊豆俊彦が本質を2種類に分類していることが説明されています。マーヒーヤは普遍的な本質、フイヤは個体的な本質を表しています。バラを例に挙げると、バラという一般概念がマーヒーヤ、特定のバラのオリジナリティがフイヤに相当します。プラトンはイデア論でマーヒーヤのみを認め、リルケはフイヤを重視するなど、哲学者によって本質に対する考え方は異なります。

ユング心理学概説

この章では、ユング心理学の集合的無意識について解説しています。集合的無意識とは、私たち人間の無意識には共通の型(原型)が存在するという考え方です。ユング心理学では、集合的無意識は宇宙にまで広がっているという解釈も存在します。シンクロニシティは、集合的無意識によって起こる現象の一例として挙げられています。

①理学の格物窮理

この章では、理学の格物窮理について解説しています。理学は、無意識のパターンを望ましいものに修正することで現実を改善することを目指す考え方です。ノーレッドランダーシの「ユーザーイリュージョン」を例に挙げ、私たちは無意識のプロセスによって現実を解釈していることを説明しています。仏教では、この無意識による現実の解釈を「妄想分別」と呼びます。

②「元型」的本質論

この章では、ユング心理学の原型について解説しています。原型とは、私たちの深層心理に共通するタイプであり、あらゆる神話に共通するイメージとして解釈できます。例えば、太陽神のイメージは、アマテラス大御神やラーなど、文化圏を超えて共通しています。原型は、文化的無意識に潜む創造的エネルギーとも捉えられます。

③プラトンのイデア論と孔子の正名論

この章では、プラトンのイデア論と孔子の正名論について解説しています。プラトンのイデア論は、現実世界はイデアの影であり、魂はイデア界への回帰を目指すという考え方です。孔子の正名論は、言葉によって万物の本質を明らかにし、倫理的価値を重視する考え方です。プラトンは魂の3分節(理性、意志、欲望)から4元徳(知恵、勇気、節制、正義)へとバージョンアップする過程を説明し、理想国家を定義づけています。孔子は、正名によって倫理的価値を明らかにし、道徳的属性を重視しています。

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0:03 はい今回は伊豆俊彦さんの意識と本質を 読み解いていきます前でも行でも東洋思想 について知りたいのならとにもかくにも 本書ですただ仏教1つとってもいろんな 解釈がありますのでこの動画の内容が唯一 絶対に正しいわけではないことを あらかじめ断らせていただきます東洋思想 を当チャンネルの視点で紹介したらこう なるのかくらいの気持ちでご視聴いただけ ましたら幸いです私が考えるに用の東西を 問わず哲学思想のポイントとなってくるの はまず外界をどう解釈するか私たちが リアルをどのように構成しているかという 問題ですとチャンネルではもう何回も述べ ているんですけれども私たちのリアル現実 は私たちが互換で認識するようには実在し

0:49 ていません外界は素粒子の渦巻くカオス 当用的な表現で言うと混沌であり めちゃくちゃ視力のいい宇宙人が見たら サーモグラフィーみたいにぐっちゃんこな 世界が広がっているかもしれないんですね 私たちの五感はカオスを現実そのものに 変換する役割を担っているここで超重要な のが言葉の機能です言葉がなければ太陽は ただの強烈な光としてしか認識されず海は ただの巨大な水溜まりとしてしか認識され なかったかもしれません言葉はこのカオス な状態から太陽や海を輪郭付けますカオス をリアルな構成要素に輪郭づけるというか 区切る作業を分裂化と言いましてで言葉を 含む道具が代表的なツールですがユニーク なところでいくと服装や建築のデザインを

1:36 持って分節化を解いている哲学書もあり いずれこういうネタも余裕があったら 取り上げたいと思っております話を元に 戻しますと伊さの意識と本質では言葉に よる分析化が非常に重要になってきます しかしよくよく考えれば当たり前の話なん ですがあれは太陽だとかあれは海だと 分かっていなければもうちょい専門的な 言い方をしますと太陽や海の本質を見極め ていなければ言葉という道具は使いこなせ ません伊さんは以下のように述べており ます引用文中に出てくる道や存在は分析化 以前のカオスだと念頭においてご覧 いただいたら分かりやすいかと思い ます天地のはめ一切の存在者が物として 現れてくる以前の道すなわち根源的存在に

2:25 は名前がないそれは言語以前であり分節 以前であるを老師は天地分離以前という ところが名の出現とともに天と地は互いに 分かれて道は万物の母となる言語によって 無分節の存在が分裂されて存在者の世界が 経験的に成立する言語以前から言語以後へ 無名から有名へ存在の刑事常的次元から 刑事的次元へのこの点観点に本質が出現 する還元すればXが一定の名を得ることに よって一定のものとして固定され凝固する ためにはそれをそのものとして他の一切 から識別させ他の一切と無順率的につまり

3:12 Xは非Xではないという形で対立させる ような何かつまりXの本質の認知あるいは 本質の了解がなければならないの だざっくり言いますと私たちのリアルは 意識による本質把握とによって成り立って おります余談ながら農科学に詳しい方は ここでクオリアという概念を想起されるか もしれませんクオリアとはつまり意識に よる本質実感の作用だと私は捉えており ますともあれ言葉によって輪郭が与えられ なければ外界はサーモグラフィーのように ぐっちゃんこな存在としてしか認識され ませんサルトルはこのぐっちゃんこな カオスを垣間みておえっとなる西洋の思想 的傾向をオートという小説にしています

4:01 これが東洋思想になりますと前門道による 無意味な言葉の応酬などによって輪郭を 外しぐっちゃんこなカオスないしは空に外 の境地を見出そうとするわけですさてここ からが本書の本領になりまして伊さんは 本質を2種類に分類しますそれもイスラム 哲学の概念を使って2種類に分類するので 人によっては難解に感じられるかもしれ ませんマーヒーや不という概念なんです けどマーヒーヤが普遍性不イヤが個体性の 本質を表しているというのですがどういう ことか私なりに噛み砕いて解説いたします 例えばバラの本質は何でしょうかバラって こういうものだよねという一般概念これが

4:46 マヒアですでもあなたの手にしているバラ はこの世に一輪しかありません他のバラと は違うあなたの手にしたバラにしかない オリジナリティこれがフヤですあらゆる 事物理性にはこれら2種類の本質が対立し ながら備わっていますがどちらに比重を 置くかは哲学者ないし流派によって異なり ます本書で例示されているものをざっ並べ てみますとプラトンのイデアロンはマヒア しか認めませんフッサールの現象額におけ る本質はどちらかはっきりしない印象 リルケはフイヤマラルメはマヒアコキ和州 もマヒア松尾馬将は独自のやり方で融合に 成功しているとされておりますと言っても 分かりませんよね私もマーヒーヤフイヤと

5:34 いう分類はどうもしっくり来ませんので図 は普遍的本質個体的本質に変換して表記さ せていただいております詩人リルケは とにかく目に移る事物のオリジナリティを 大事にしたようですがプラトンやコキワ臭 はオリジナリティより概念を大事にして いる印象です美女と一口に言ってもBの 基準なんてセサ万別ですがBにはBの イデアがあるというわけですまた若は短い ので秋なら秋全般恋なら恋全般に通用する 普遍的な本質を追求しているというのも 分かりやすいところだと思います引用して み ましょう若の言葉それも一種の工事言語に は違いないけれどそれはマーヒーアの顕在

6:19 的認知に基づく言葉である少なくとも小金 集において古典的達成に達したものを若の 典型的形態として考えるなら小金的若の 世界は一切の事物事象がそれぞれその普遍 的本質において定着された世界だ春は春花 は花恋は恋という風に自然界のあらゆる 事物事象から人事100般まで存在界がく なく普遍的本質に規定されその上でそれら のものの間に本質的連環のアミメ構造が 立てられる日本文学つながりということで 松尾馬への言及箇所も合わせて引かせて いただきます松のことは松に習えたのこと

7:05 は竹に習えと文定に教えた場所は本質論の 検地からすれば事物の普遍的本質マヒアの 実在を信じる人であっただがこの普遍的 本質を普遍的実在のままではなく古物の 個的実在性として直感すべきことを彼は 解いた言い換えればマヒアのフーヤへの 転換を問題としたマーヒーヤが突如として フーヤに転生する瞬間があるこの本質の 次元転換の微妙な瞬間が間髪を入れず私的 言語に決勝する俳句とは馬将にとって実存 的緊迫に満ちたこの瞬間のポエジーであっ たしさや岩に染み入るセミの声とか古池や

7:51 買わず飛び込む水の音私が読んでもですね 声が微妙なのでいけないかもしれませんが デラにしてですねあのの心の中で読んで みるとこうぐっくるものがありますよね これが本質ですえ本質直感というそうなん ですけれども馬将はこれを掴むのが非常に うまかったというわけですねまた古典の 愛読者なら眺むという動詞に込められた 意味の解説なども非常に面白いと思います リルケロンマラルメロンえ特にマラルメ ですねえこれはですねえモーリス ブランショですとかロランバルトといった 文芸批評化え思想家にもですね大変評価さ れている詩人でしてめちゃくちゃよく書か れているんですけれども伊豆さんの マラルメンもですね滋が好きな読者なら

8:38 筆力の内容になっていることも不言させて いただきます私論としてこれほど秀一な 分析もそうそうないかと思いますのでえお すめですこの辺りを面白いと感じられたら 本書の確信の半分はつめていると思います もう半分は何かと申しますと伊さんは普遍 的本質マーヒーや高程度論を3タイプに 分類しているんですね1中国壮大の受学 理学の角物キリ2原型的本質論3プラトン のイデア論皇子の生命論順々に確認して いきますけれども理解がはるはずですので まずはユング心理学についてざっ確認させ てくださいユングと言ったら集合的無意識

9:24 が有名ですけどこれは何かと言ったら 私たち人間の無意識には共通点共通の型 原型があるという考え方ですこれをさらに オカルトよりに派生させたものとして 私たちは無意識同士で繋がっているという 解釈があったり繋がっているところか無 意識は宇宙にまで広がっているという解釈 も浸透しておりますカツ丼を食べたいなと 思って帰宅したらお母さんがカツ丼を作っ ていたこういった現象はシンクロニシティ と呼ばれ集合的無意識で繋がっているから こそ起こるというわけですただユング自身 がこのような主張をしていたかどうかは 不明です少なくとも私は読んだことがあり ません私がこういった考え方を初めて知っ たのは学生時代でしたが無意識が宇宙や

10:10 万物の根源につがっているという考え方に 指して抵抗は覚えませんでしたというのも 東洋市蔵にそのような考え方を採用して いるものがあるんですねここからは普遍的 本質マーヒーや皇帝論の1にありました 理学の角物キリについて確認していきたい と思います断りの額と書いて理学でござい ますねえそうやって言ったらなんだか ややこしそうなんですけれどもこれは前脳 兄弟文みたいなものになります全の構造が 理解できれば兄弟文の理解もすんなりいき ますのでご安心くださいトールノレッド ランダー種はユーザーイリュージョンに おいて私たちが現実をどのように認識して いるか以下のように述べており ます私たちは感知したものをそのまま目に

10:55 するのではない感知したと思うものを見る 意識にるのは解釈であって生のデータでは ない意識されるはるか以前に無意識の プロセスによって情報が処分されその結果 私たちは1つのシミュレーション1つの 仮説1つの解釈を目にするしかも私たちに 選択の自由は ない引用文中にあります無意識のプロセス を私は無意識のパターンと呼んでいるん ですがこれは家庭学校マスコミといった 文化的背景社会的文脈によって成人する までには形成されます詳細はベンジャミン リベットやノーレットランダーシを扱った 動画でご確認いただきたいんですけれども 私たちは自分が下した現実解釈を真実だと

11:43 信じて疑いもしませんがそれは絶対でも 当然でも変更不可能でもなく誰もが1つの 物事を自分と同じように解釈するわけでは ないんですね世の中にはピンチに絶望して 自殺する人もいればチャンスだと噴気して 騎士改を測ろうとする人もいるわけです いかんながらどちらを選ぶかは自由では ありませんそれまでに培ってきた無意識の パターンによってピンチに勝てるか負ける か決まるとノーレッドランダーシは言って いるのです本人の解釈次第で天国にも地獄 にもなるのですから考えてみれば現実とは 何とも頼りないものです仏教ではこの頼り ない現実を生み出す作用を猛々とか妄想 分別と呼ぶのだそうです例えるなら現実と

12:28 は無意識によって着色された映画みたいな もので私たちはあまりにも脆弱な自識に よってそれを四時中感傷し続けているよう なものなんですね私たちの身の回りで 起こる物事には元々プラスもマイナスも ありません嬉しいとか悲しいとかかっこ いいとかダサいとか私たちが勝手に レッテルを貼っているに過ぎないんですね 前では座禅や問答によってこのレッテルを どんどん剥がしていきます現実解釈の方 よりをフラットなものに修正していくわけ です伊さんによりますと前のように メンタルから鍛える傾向はほとんどの東洋 哲学に共通する特徴なのだそうです座禅と いうか瞑想の効果はですね最近 マインドフルネスの流行によって セロトニンが分泌されるとか週間化すると

13:16 脳事態が変筆するとかしばしば科学的な 裏付けを添えて紹介されております全問答 の方はどうかと言うとでたらめなやり取り を繰り返すことによって論理的思考の呪縛 から逃れられるようになります全の強大分 理学になりますと座禅の呼び名が星座に なりますこちらも座ることによって解釈の 偏りを鳴らしメンタルを整えるわけです 理学の理論的基礎となっている中央では レッテルを貼ろうとする精神状態を気圧生 のまま物事を受け取る状態を未発と定義し ているそうで星座によって銅と正が8対2 くらいだったバランスを2対8くらいに 戻していくことを目指しますま言ってみれ ば狩猟によって無意識のパターンを

14:01 望ましいものに強制し直すわけですね パターンが修正されればおのずと現実も 改善される理屈ですま最終的には性を ベースにした銅という達人みたいな心境に 到達します内観は水平方向から垂直方向に シフトし気戸哀楽を生み出す真相への探求 が始まります全との大きな違いはこの辺り に顕著で理学は無意識の真相に万物の根源 を見い出すんですね無にして対局というの ですが万物の根源ということは何もかも元 をたどれば1つということになりますザバ に行って御名対局図はそれを頭したものだ と解釈して問題ないと思います理学では 根源に至ることをキリ断りを極めると書い てキリと言いここに至ると人類皆兄弟全

14:49 宇宙と調和した成人みたいな心境になるの だと思われます前はこの点どうなっている かと申しますと前は空なんですよ無意識の パターン修正というレベルではなく座禅を 組むことによって最終的には意識やそれを 生んでいる自分自身の存在さえ夢幻と みなしますそれだけではありません空を 採用した時点で根源も本質も人間の意識が 作り出したフィクションに過ぎなくなり ます昨今しばしば見聞きする演技という 概念も空を土台にしたものですだからダメ というわけでは決してなくて伊さんは空を 土台にした現実解釈にに無がうに転ずる ダイナミズムを指摘しています座禅や瞑想 には下達や強奪など悟りにまつわる非科学

15:37 的なイメージが不可分だと思いますので その点について試験を述べますとあれは 要するに思考を停止して無意識にアクセス している状態の最終形態なのだと思います ユグ心理学の原型について先に触れました が例えばLSDに代表される幻覚性の麻薬 は顕在意識と潜在意識を隔てる蓋を引に 外して意識を神秘的な領域にダブさせて いるんだと学生時代に事業で聞いた覚えが ありますなるほどなと思ったものですが 西洋はたった数十ビットの自識で頑張る 文化権なのでシラフの状態で新円を除いて もバットトリップするのが大抵でしょう サルトルがオートで描いたのはまさしく これですね東洋は元々神秘的な領域へ身を 委ねる文化風習が発達しているのか当たる

16:24 も八卦当たらぬも八卦の駅舎さんはこの 領域にアクセスして手を出しますし他にも 密教のマンダラやユダヤ教神秘主義 カパーラのセフィーロートなんかはこの 神秘的な領域を頭したものなのだそうです 私はなるほどマンダラやセフィロトの木は 宇宙というか神羅万象の本質を表現した ものだったのかと唸らされましたがこう いったことが書かれている項目が普遍的 本質マーヒーや皇帝論の2にありました 原型的本質論になりますあの冒頭付近でが 言語によって分析化されるというお話をし ましたでは言語が異なれば構成される思考 ないし現実にも違いが生じるのか生じる らしいんですね言語の違いによって意識の

17:12 深層部分要は潜在意識における本質把握の 作用に違いが生じる分かりやすく言い換え ますと言葉が違えば潜在意識にまつわる 表現の仕方もマンダラやセフィロトのよう に違ってくるというから面白いんですさん は以下のように述べており ますある1つの文化共同体に生まれ育ち その共同体の言語を学ぶ人は自然にそれと 自覚することなしにその文化の定める本質 体系を摂取しそれを通じて存在をいかに 分析するかを学ぶ学ばれた本日体系は全体 的に文化的無意識の領域に沈殿してその人 の現実認識を規制するヘーゲルの歴史哲学

17:57 講義に出てきたが民族精神という概念を 思い出した視聴者様もいらっしゃるかも しれませんが伊さんはいわば民族精神の無 意識について述べているわけです伊さんは これを言語荒屋敷と呼んでおります例えば 私たちが木を目にした時日本語特有の文化 的無意識言語荒屋敷から木の本質が換気さ れます意識はこうしてカオスな外界から 本質を認識し母語特有の分析化を行い リアルを構成しているわけですもうちょい 詳しくもうすでに難しいかもしれないん ですけれどもえもうちょい専門的に見直し ていきましょう私たちが日常的に使用する 言葉の集合言語体はラングと言うんです

18:43 けどラングはしばは編み目に例えられます この言語の編目が顕在意識だとすればその 真相に潜む言語荒屋敷は潜在意識になり ます伊さんはこの言語荒識から換気される 本質にはイマージュが伴と述べておりまし てこのイマージュも言語によって異なるの だそうですイマージュだから当然現実には 存在しない地味毛量だとか神話的神秘的な 本質が継承化されることもあります めちゃくちゃ簡単に整理すると言語の違い によってお化けのイメージも違ってくるよ というお話です5さんはシャーマンの扱う ようなイマージュを創造的イマージュとし マンダラやセフィロトなどを創造的 イマージュ空間の創的提示として考察を

19:30 進めてい ます創造的イマージュは原型の継承化とし て事物の原型的本質を深層意識的に露見さ せる原型の正規とそれらの活動とが深層 意識的事象であることは都にユングの分析 心理によって理論的にも実践的にも極めて 説得的な形で明示され たユングの提唱した原型アーキタイプとは 私たちの真相心理に共通する方共通する タイプを指しているんですがザバに言って これはあらゆる神話に共通するイメージだ と解釈しておけば問題ありません例えば 太陽神のイメージはアマテラス大御神や ラーといった感じでとこ違えど本質は共通

20:17 していますよねつまり原型とは普遍的本質 だと見なせるわけです創造的イマージ空間 は文化的無意識に潜む創造的エネルギーと も言えるんですがしかし以下のような特徴 があることも忘れてはなりませ ん原型は本質であると言ってもあくまで 意識の深層領域で正規しそこで働く本質だ 表層意識で理性が捉える普通の意味での 本質とはいわば崇が違う深層意識を離れれ ば原型は本質としての資格を喪失する表層 意識では原型は単なるファンタジーにすぎ ない私は学生の時ですねある教授がが 当たるも吐け当たるも吐けの駅というのは もうめちゃくちゃ難しいんだよと

21:04 おっしゃっているのが印象的でよく覚えて いるんですけど駅は疫学液境という学問で あると同時に無意識の領域から インスピレーションを組みとる支出みたい なものも必要になりますので難しいんだと 思います最後に1番理解しやすいマーヒー や肯定論であるプラトンのイデア論と皇子 の生命論を見ていきたいと思います一昔前 に話題になあった電波男電車男ではなくて ですね電波男というエッセーの著者ホンダ トールさんはモダンの哲学士という哲学 入門書を上司していましてこれがどうして なかなか分かりやすいのでプラトンに 関する部分を引用させていただきます人間 の魂は元々イデア界にいたので現実会に

21:49 存在している間も常にイデア界への会議を 目指しますこれがエロスであるとプラトン は言うのですつまりプラトンによれば恋愛 情とは目の前の女に欲望したりすることで はなくイデア想像上の観念の世界に 恋焦がれることだというのです従って現実 的な肉体はイデアの影である現実に対する 欲望でしかありませんからイデアを求める 理性よりも貝に置かれますもちろん理性は 頭に欲望は腹にあります理性は頭に欲望は 腹にありますとはプラトンの唱えた魂の3 分節のことです略化するとのようになり ます魂の3分節とは頭に理性胸に意腹に

22:34 欲望理性によってこの意思と欲望を制御 コントロールするとバージョンアップし まして頭に知恵胸に勇気腹に節制が宿り ますえこれらがさらに調和して正義となり ましてプラトンは知恵勇気節制正義を まとめて4元徳と定義しました魂の3分節 から4元特へとバージョンアップするわけ ですねそれで国家はこの4元特を拡大した ものとしております知恵は統治者階級勇気 は防衛者階級節制は生産者階級各階級が 調和して正義となった時理想国家になると いうことなんですねえやや脱線しましたの

23:21 で話を元に戻しますホンダさんのイデア論 で先ほどよりもっと続っぽい箇所を引用さ せていただきます ユグ的に考えれば女が持っている男性の 原型アニムスを投影できる男だけが女に 好まれるということになりますつまり女は 実は現実の男を求めているのではなく自ら が心の中にあじめ持っている男のイデアを 求めているのです男も同じです女のイデア を投影できる女を好むのですまた男女共に 美人ビナンが好きですよねこれはつまり ビダン美女の向こうに美のイデアを見出し ているからなんですね本田さんの力説する ところによりますと射術主義はイデアの

24:06 無法となりますが萌えはイデアの愚生化と なりますのでプラトにとって現代の秋葉原 は理想教とのことですこうめちゃくちゃな んですけれども理にかっておりますし 何より面白くて分かりやすいですこの人頭 いいなと読みながら何度も感動させられ ましたえともあれ最後甲子に移りましょう の生命論とは明日論でして明日論とは完結 に言って名和対を表すという考え方です どんな何も実本質があるという考え方なの でイデアロンと対応しているわけですね プラトンが3分節とか4元徳といった概念 の延長に理想国家を定義づけていたように 公使も倫理的価値道徳的属性を重視してい

24:52 ましたどちらかと言ったら霊をもじる講師 の方が潔癖な印象ですこのトピで最も 面白いのは皇子を真光から否定する相思の 思想との比較です伊さんは生命論の特徴を 際立たせるため相子の立場から行使につい て以下のように述べており ます言語的意味によって混沌の表面に引か れた意味の区画線を実在する存在の区覚線 だと思い込み向上的な本質によって固定さ れたものの実在をそこに幻想する本当は 全て存在の夢なのだ使ののごきに至っては その上さらにこの存在の夢の世界の事物 自体のそれぞれに政府のマークをつけこれ はビであれは州これは善であれは悪などと

25:39 言い出すそして一旦そう決めてしまった からには正しいものは万古不益に本質的に 正しい邪なるものはどこまでも邪と主張 するだが実を言えば聖者善悪美州その他 一切の区別は人間生活の社会的歴史的に 条件付けられた監修にすぎないそれは ちょうど今まで何もなかった地上に人々が そこをよく歩くことによっておのずと道が 出来上がるようなものだと総子は 言ういさんはこの対立を表層意識の存在感 と深層意識の存在感との大事なのであると 述べておりますえお疲れ様でした以上に なります本書を抑えておくと東洋思想だけ でなく哲学全般の理解が深まりますし

26:25 サブカル分野で使われている概念も出てき ますので作家志望の方には特にお勧めです 読んでおいて絶対に損はないはずですと いったところで今回は締めくくらせて いただきます最後までご覧くださった視聴 者様誠にありがとうございました失礼 いたします

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