日本の名作を読む 第10講 1 宇治拾遺物語

簡単なまとめ

この動画では、『宇治拾遺物語』という説話集について解説し、その特徴や文学史的な位置づけを説明しています。また、「瘤取り爺さん」の話を例に、原文の読み解き方や、語り口調で書かれた古文の魅力を紹介しています。

  • 『宇治拾遺物語』は『今昔物語集』と並ぶ代表的な説話集であり、鎌倉時代前期に成立しました。
  • 仏教のありがたさや世俗に生きる人間の面白さを語る物語を集めたもので、語り口調で書かれています。
  • 「瘤取り爺さん」の話を例に、登場人物の描写や心理描写を通じて、読者の想像力を掻き立てる古文の魅力を解説します。

導入

今日は『宇治拾遺物語』を読んでいきます。この授業では様々なジャンルの作品を読んできましたが、『宇治拾遺物語』は今までとは少し違ったタイプで、とても楽しいお話です。

基本知識

『宇治拾遺物語』は説話というジャンルに属し、鎌倉時代の前期、1210年代頃に成立しました。作者は不明です。『今昔物語集』と並ぶ代表的な説話集であり、文学史的に非常に有名です。説話とは「説明する話」のことで、仏教のありがたさや世俗に生きる人間の面白さを語る物語を集めたものです。

『宇治拾遺物語』の成立事情

『宇治拾遺物語』という少し変わった名前は、成立の事情に由来します。宇治大納言と呼ばれた源隆国という人が聞き書きした『宇治大納言物語』があり、それに漏れた話を集めたものが『宇治拾遺物語』です。「拾遺」とは拾い集めるという意味で、『宇治大納言物語』から漏れた物語を拾い集めて一つにまとめたものとされています。

『宇治拾遺物語』の特徴

『宇治拾遺物語』は『今昔物語集』と比較されることが多いですが、『今昔物語集』が仏教のありがたさを説く話が多いのに対し、『宇治拾遺物語』は世俗的な面白い話を多く集めています。「瘤取り爺さん」や「舌切り雀」など、現代のおとぎ話になっている説話も含まれています。太宰治や芥川龍之介などの名作のヒントにもなっています。

「瘤取り爺さん」を読む(冒頭部分)

今日は『宇治拾遺物語』の中から「瘤取り爺さん」を読んでいきます。幼い頃に聞いたことがある人もいると思いますが、『宇治拾遺物語』ではどのように書かれているのかを見ていきましょう。「これも昔、右の顔に大きなる瘤ある翁ありけり」という書き出しで、物語の空間・舞台を設定しています。大きなみかんぐらいの瘤を持ったおじいさんが、人と交際せずに山で薪を取って生計を立てている様子が描かれています。

「瘤取り爺さん」を読む(鬼との出会い)

おじいさんは山で雨風が激しくなり、山中に泊まることになります。他に誰もいない中、木の洞穴に入ってじっとしていると、遠くから人がやってくる音がします。覗いてみると、様々な姿をした異形の者たちが100人ほど集まっていました。鬼たちは火を灯し、おじいさんがいる木の洞穴の周りを囲むように座り込みます。おじいさんはパニックになり、生きた心地がしません。

「瘤取り爺さん」を読む(鬼の宴会)

鬼たちは宴会を始めます。トップと思われる鬼が主人の座に座り、他の鬼たちは左右に2列に並んでいます。お酒を飲んだり遊んだりする様子は、人間が宴会で騒ぐのと変わりません。トップの鬼が酔っ払い、末席の若い鬼が芸を披露すると、上機嫌で笑っています。おじいさんの周りで、人間のような宴会が繰り広げられています。

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文字起こし

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0:00 はい、こんにちは、今日はですね 『宇治拾遺物語』というのを読んでいきたいという風に思っています この授業もだいぶ進んできて、色んなジャンルを読んでいきましたね 物語もありましたし、日記も読みましたし、エッセイも読んだし 色んな文体、ジャンル、そして時代も色々になってきました 今日のね、『宇治拾遺物語』というのも 今までとまたちょっと違ったタイプのお話でとても楽しいですからね 一緒に楽しく読んでいきましょう まず、基本知識から押さえていきますね 『宇治拾遺物語』というのはジャンルでいうと説話というジャンルになります これも初めてですよね、この授業では 成立は鎌倉時代の前期、1210年代ぐらいということで

0:50 大まかな時代区分でいうと中世ということになるんですね 編者はちょっとよく分かっていません、というものです 中高で古文の授業を受けた人は 『宇治拾遺物語』という名前は多分知っていると思うし 「その中の幾つかの話を授業で読んだ」 という人もいてるかもしれませんね ポイントからいきましょう ポイントは『今昔物語集』と並ぶ代表的な説話集 説話というジャンルの中では、文学史的には非常に有名な作品なんですね 『今昔物語集』と『宇治拾遺物語』が代表的な説話 という風に言われています 『今昔物語集』というのは、これは平安の後期の成立で

1:38 『宇治拾遺物語』の方が鎌倉の前期ということになる訳です こちらが先ですね、今昔が先になります このジャンルの、説話という風に言っているけれども この説話というジャンルは何なのかということなんですけれども 説話というのは、もう文字の通りですね 説明する話、言われてみればそうなんですよね 説話というのは「説明する話」と、それが説話なんですね では一体これは何を説明するのか、ということなんですけれども 大まかに分けると2つのことを説明するお話なんですね 一つは仏教です

2:25 「仏教ってありがたいよ」というね 仏教のありがたさというものを説くという、それが一つあります もう一つが世俗に生きる人間の面白さと 「ちょっと聞いてよ!こんな面白い人と会ったのよ」とかね 「こんな面白い出来事があったんだよ」ということをお話しするという 大きく分けると、この2つのことを説明するお話を集めたもの それが『今昔物語集』『宇治拾遺物語』というものなんですね だから、そういう物語をいっぱい集めているんです 「物語集」となっていますでしょう、集めている訳ですね ほとんどの話が「今は昔」という形で始まります だから「今は昔の物語を集めたもの」ということで

3:11 『今昔物語集』という風にいう訳ですね 『宇治拾遺物語』もこの今昔の形というものによく似ていて 「今は昔の話なんだけどね」 という形で話が始まるというパターンが多いですね その「説明をしているお話」 説明しているということは、誰か周りの人がいて、その人に向かって 「こんなことがあったんだよ」「こんなに仏教って素晴らしいんだよ」 と語っている訳ですね ですから、基本的にはこれは語り口調で記されているということです だから皆さんも もし原文にチャレンジしてみようと思われることがあったら 声に出して、読んでみるといいと思います 昔の人が語っていたという

3:56 その感じを、自分でもこう、体で感じるというのかな それって結構大事なことだと思うんですよね 今、私達はもう目で何でも読むことに慣れてしまっているけれども 昔の古典というのは「語り」の方にとても近いと思うんですよね だから、語ってみるというので 自分の体にそのリズムだったり、息継ぎの感覚だったりというの 馴染ませてみると、語ってみると 意外と馴染んでくれるものだったりもします もし興味があったらやってみてくださいね さあ『宇治拾遺物語』の方はどういう物語なのかと 何かちょっと変わった名前が付いていますよね これは序文のところに成立の事情というものが書かれていて

4:43 それをコンパクトにまとめるとこういうことなんですけれども 宇治大納言という風に呼ばれた源隆国という人 こういう風に愛称で呼ばれていた訳ですね その人が聞き書きした『宇治大納言物語』というのがまずあったんですね 色んな話を聞いて「これ面白いやん書いておこう、メモっとこう」と そういう風にしてできたこの『宇治大納言物語』というのがあったと それに漏れた話を集めたものだという風に序文に成立事情が記されています だから、こんな『宇治大納言物語』というものがあって 「ああ他にもこんな面白い話がある」「面白い話がある」という風に 色々継ぎ足し継ぎ足しで今の形になっていると

5:29 だから「拾遺」というのは、拾い集めるということですね 「残っているものを拾う」という意味ですけれども 『宇治大納言物語』色んな物語を拾い集めて 1個にまとめたものということになる訳です それは、誰が拾い集めたかということはちょっとよく分かってない 色んな人が、色んな時間の流れの中でですね 継ぎ足し継ぎ足ししていったんだろうというような ことも想像される訳ですね 特徴です よく文学史的にはこの『今昔物語』と比較されることが多いんですけれども 今昔の方はどちらかというと 仏教のありがたさを説くという風に重点があるんですね そちらの方のお話が多いんだけれども ちょっと後にできた『宇治拾遺物語』は世俗の方ですね

6:17 こちらの方をより多く集めています 世間であった面白いお話ですね こちらの方がちょっと多いんですね お話の中には「瘤取り爺さん」今日読むやつですね、とか 「舌切り雀」なんていう風に 今の子供達にもお母さんが語る、おとぎ話になっている説話もあります 『今昔物語集』の方にもね そういった今にも通じるような話もあるんですけども 宇治拾遺にもあるということですね それが近代にはですね 太宰治とか芥川龍之介なんかの名作のヒントですね 作家が色々な小説を生み出すその題材になったり、ということもあります

7:07 太宰とか芥川の作品 『羅生門』とか読んだ人もいてると思いますよね 後は『芋粥』とかですね ああいう色々な作品の題材に 実はこういった古典がなっているということもあるんですね ですから、近代の文学に興味がある人は ちょっと太宰芥川とかで今昔とか宇治拾遺という風に検索してみると

7:52 そういう作品が、色々ざっーと出てきますから そういうのも是非、幅を広げて読んでみてくださいね さあ、それでは今日はその『宇治拾遺物語』の中から 「瘤取り爺さん」を読んでみたいと思います 幼い頃に「日本昔ばなし」というので知っているとか 「そういえば、小っちゃい時に読み聞かせで聞いたよな」とかね いう人もあると思います その『宇治拾遺物語』でですね その「瘤取り爺さん」をどういう風に書いているのかということを 古文の方でどう書いているのか、というのを読んでみたいと思います 幼い頃に聞いたという人は、その話をちょっと思い出しながらですね 原文ではこうなっているんだと思いながら、聞いてみてください

8:41 さあ、物語の始まりです 「これも昔、右の顔に大きなる瘤ある翁ありけり」と 「これも昔の話だ」という風に「今は昔」のバリエーションで 物語が始まっていっていますね 『竹取物語』もそうだったけれども 「今となっては昔のことだけれども」という風に話すことによって その物語の空間だよね 空間・舞台というものを設定していく訳ですよね そういう架空の想像世界というものが、これから始まるんだよという そういう導き、導入になっている言葉だよね

9:29 「今となっては昔のことなんだけれどもね」ということで 皆の頭の中には、色んなもやもやもや~と これからの舞台が色々出てくる訳ですね その中にまず登場人物が出てくる訳ですね 右の顔に大きな瘤があるおじいさんがいたんだよ じゃあ、その瘤ってどれぐらいなの?と思ったら 「大柑子の程なり」と おっきな「柑子」というのが「みかん」なんですね だから大きなみかんぐらいの瘤を持ったおじいさんがいたんだよ 皆の頭の中のそれぞれの大きなみかんの感覚というのは それぞれ違うと思うけれど、それぞれの感覚で 頭の中で想像していってくださいね 大柑子の程の瘤があるおじいさんがいたんだと

10:17 「人に交じるに及ばねば」 「薪をとりて世を過ぐる程に、山へ行きぬ。」 人と交際をしない、ということだよね なので、おじいさんは一人で山に行っていったんだと 薪を取る為にですね、それを「世を過ぐる」と それを取ってですね、世の中を過ごしているという これはどういうことかというと「世を過ぐる」というのは 生計をたてるということね それで生活をしているということですね それで生計をたてている ですから、おじいさんは人と交際をしていない ということが書かれていますよね

11:08 このおじいさんの説明の中でですね 「瘤取り爺さん」の話だから、瘤の話というのが必要だよね どれぐらいの瘤か、おっきなみかんぐらいの瘤なんだよと おじいさんの瘤の具体像を描いている訳です それでおじいさんは、山でこの薪を取って生計を立てていると おじいさんはどういう暮らしをしているのかということなので これもいることですね ではこれは何で必要なんだろうかということですね 「人と交じるに及ばねば」というこの理由付けですよね これはどういう風に考える? 何でおじいさんは、人と交際をしないんだろう ちょっと想像させるところですよね

11:53 ちょっと短い言葉なんだけれども これで、おじいさんはもしかしたら瘤のことをですね 何かこうコンプレックスに思っていて人と交際しないのかなとか 色んなおじいさんの心理を想像させますよね だから、これはおじいさんの行動をそのまま書いていることなんだけれども そこから何となくこの物語を聞いている人達の中で 「おじいさんって何かあったのかな、どうしてなのかな」 という風に色んなことを想像させる語りを聞きながらですね 聴衆達が、うんうんうんと色々ね 自分の中でおじいさんのストーリーを作りながら聞くという そういう楽しさというのがありますよね あまり詳しく語り過ぎないということですね そのことによって、聞き手の中で色んな想像の物語が膨らんでいく

12:43 とてもシンプルに古文って語っていくんですけれども そこがやっぱり一つの語りならではの魅力 というところがあると思うんですね 皆さんも「どうしておじいさんは人と交わらないんだろう」と 色々理由を考えながら このおじいさん像というのを作り上げてもらったらいいかな という風に思います その後ですね、鬼におじいさんは会います 山に一人で行っている訳ですよね 雨風が激しくなり、しかたなく翁は山中に泊まることになる 翁のほかには、木こりの一人もいない 「恐ろしさすべき方なし。」という風に原文には書いてあるんですね 怖いよね、雨風が激しくなってきて、だんだん暗くなってくるんですよね

13:29 それでほかに人っ子一人いない訳です 人を避けて山に行っていますから、人っ子一人いない訳です もう恐ろしいね それは「すべき方なし」と、なすべき方法がないですね 「方」というのは「方法」ということですから 「怖いな怖いな」と思っても どうにもその怖さというものを紛らすような手段がない訳ですね 他に気が紛れるようなものが全然ない訳ですね だからまあ、紛らしようがないですよね 怖い、もう怖さだけを抱えつつですね 山中に一人で泊まっている訳です それで、木の洞穴に入って、かがまってじっとしていると

14:18 遠くからどやどやと人がやってくる音がすると 人の気配ですよね 少しホッとする訳ですね それでのぞき見ると、種々様々な姿をした者どもが 「赤き色には青き物を着、黒き色には赤き物を褌にかき、 大方目一つある者あり、口なき者など、」というこれは原文ですけれども 何とも言いようのない異形の者達が「百人ばかりひしめき集りて」ですね 怖いよね 「やっと人気が!」と思って、覗き見たら もう見たこともないような姿をした者達がいっぱい 100人ひしめき合って見えたと

15:05 火を日輪のように真っ赤に灯して 太陽のようにですね、もう煌々と灯していると それで「我がゐたるうつほ木の前にゐまはりぬ。大方いとど物覚えず。」 おじいさんがいる、じっとしている「うつほ木」木の洞穴、木の穴ですね 木の洞穴の中に、おじいさんはじっとかがまっていた訳ですよね その前に、よりによってですね 「ゐまはりぬ」周りを囲むようにしてぐるりと座っていると もうおじいさんは「大方いとど物覚えず」ですね だいたい、ほとんどですね、物がわからない状態

15:53 もう何が何やらパニックになってしまって もう生きた気持ちがしないということですね そういう状態になってしまったと それは、びっくりしますわね 人っ子一人いない山中で、雨も風も激しい時にですね 「ああ、人気が」と思ってみたらですね 何かよくわからへん者がですね 人間と思えぬものが100人も来てしまったらもうびっくりだよね もう生きた心地がしない、ということですね ちょっと細かいところですが、「鬼」なんですよね 「赤き色には青き物を着、黒き色には赤き物を」とありますよね

16:44 赤鬼さんでしょうかね 赤鬼さんは赤い着物を着たら同系で分からなくなるからでしょうか 青い色に変えているんですね それで黒鬼さんは赤い物を褌に、ということで ちょっとお洒落ですよね、いいんだけれども そういう鬼さん達がいっぱいやってきた おじいさんはもう生きた気持ちもしない それで、そうこうしているうちにですね おじいさんも木の洞穴からも出られなくて、周りを囲まれていますからね 「どうしよう!」という風になったら 鬼達が何をするかというと宴会を始めてしまうんですね 「宗とあると見ゆる鬼横座にゐたり。」ですね 「宗」というのは「一番肝心な大事なところ」ですよね だからトップなんでしょうね、鬼の中でも「トップと思われる鬼」だよね

17:37 それが「横座にゐたり」と ちょっとわかりにくいけれども、多分ね 横にこう何か敷物を敷いてそこに鬼さんがいる ということなんでしょうから 特別に横向きに敷物を敷いてもらえているというと 「主人の座」ということなんでしょうね トップと思われる鬼が、その主人の特別設えの座に座っているんですね それで「裏うへに二ならびに居並みたる鬼、数を知らず。」なんですね 「裏」と「うへ」というのは 言葉のままだと裏表ということなんだけれども

18:26 裏表に2列に並んでいるというのはちょっとわからないから 恐らくこれは左右ということなんでしょうね 左右に2列に並んでいると その前に左右に鬼達が並んでいるという感じでしょうかね というその鬼達は「数を知らず」 100人ぐらいの鬼ですから、もう何人かもわからないですね 「その姿おのおの言ひ尽くしがたし。」と それぞれもう言葉で表現できない 説明しきれないような異形の者達だということですね そういう鬼達が「酒参らせ、遊ぶ有様この世の人のする定なり。」と お酒を飲んだり遊んでいると、酒を飲んで宴会して わっと騒いでいる訳ですよね

19:12 その様子というのは、「この世の人」というのは人間ということですね 人間のする定めと同じだと 人間達がですね 酒を飲んで宴会して笑って馬鹿騒ぎをしているのと 同じようなことを鬼達もやっているということですね 「たびたび土器始りて、宗との鬼殊の外に酔ひたる様なり。」ですね 度々しばしば「土器」、これは杯を回している訳ですよね 杯を回して「さあさあどうぞどうぞどうぞ!」みたいなね あるいは回し飲みをしてるのかもしれません それで「宗」、このトップと思われる鬼が「殊の外に酔ひたる」と

20:02 特に酔っているという いい気分で酔っ払っている様子であるということですね そうすると、末座から若い鬼が一人立ち上がって 末席にいるのは若い鬼なんですね 一人立ち上がって、お盆を手に芸をすると やっぱりね、下々から芸をする訳ですね鬼達も 首領の鬼は杯を手に上機嫌で笑っていると 末席の鬼が何か芸をすると これが上機嫌で、お酒も入って笑っていると まるで人間のようだ、ということですね 人間と同じような宴会がおじいさんの周りで始まってしまったよ ということになる訳ですね 「どうする?」ということで さあ、その続きは次の動画で読んでいきましょう

20:51 一旦ここで切りますね

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