日本の名作を読む 第5講−3 源氏物語(N) 2

簡単なまとめ

この動画では、光源氏と紫の上、藤壺の関係を、物語における象徴的なアイテム(小柴垣、御簾)を通して考察します。紫の上が妻となるまでの経緯、藤壺との禁断の関係、そして女三宮との関係における繰り返されるパターンについて解説します。また、『源氏物語』を読むための様々な書籍や現代語訳を紹介し、読者が自分に合ったものを見つける手助けをします。

  • 小柴垣と御簾が関係性を象徴するアイテムとして使われている
  • 光源氏の恋愛関係の複雑さ
  • おすすめの書籍と現代語訳

紫の上との出会い:小柴垣からの垣間見

光源氏が18歳の春に病気療養で訪れた北山で、紫の上(少女)を垣間見るシーンを解説。小柴垣という低い垣根の隙間から少女を覗き見るという状況が、二人の関係の始まりを象徴的に描いています。少女の無邪気な姿と、それを見た光源氏が彼女の成長に期待を寄せる様子が語られます。

藤壺への想いと禁断の関係

光源氏が紫の上の少女を見て、藤壺に似ていると感じる場面を深掘りします。光源氏が藤壺に寄せる特別な感情と、少女を通して藤壺を重ね見る心理が解説されます。その後、光源氏が藤壺と一線を越えてしまう場面を、紫式部が直接的な描写を避けつつ、読者の想像力を掻き立てる筆致で描いている点を指摘します。

御簾が象徴するもの:隔たりと秘密

光源氏と藤壺の関係における「御簾」の役割を考察します。御簾は、二人の間にある越えられない壁、身分の違いや禁断の関係を象徴しています。光源氏が藤壺の兄が御簾の内側に入るのを羨ましく思う場面を通して、御簾が二人の隔たりを強調する効果について解説します。

繰り返されるパターン:女三宮との関係

光源氏と女三宮、そして柏木の三角関係を紹介。光源氏が藤壺との関係で犯した過ちが、今度は柏木と女三宮の間で繰り返されるという、物語の構造的な類似性を指摘します。薫が実は光源氏の子ではないという事実が、物語にさらなる複雑さをもたらしている点を解説します。

『源氏物語』を読むためのガイド

『源氏物語』の原文、現代語訳、漫画など、様々な形で物語を楽しむためのガイドを提供します。与謝野晶子、谷崎潤一郎、円地文子といった著名な作家による現代語訳や、田辺聖子の『新源氏物語』、橋本治の『窯変源氏物語』など、多様な解釈と文体を持つ作品を紹介し、読者が自分に合ったものを選ぶ手助けをします。

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0:00 はい、ではですね 今度は紫の上との関係を見ていきたいと思います 先程の藤壺との関係というのは、御簾1枚ですね それで隔てられた仲ということでした もう御簾なんて薄いものですから 押しのけて入っていくこともできるんだけれども それができない訳ですよね あれがもう本当に、絶対的な重い壁として 光源氏の前に立ちはだかっているというね そういう御簾というもので 何てことないものなんだけれども 二人の関係性によってその意味合い 重さというのが変わってくるという描き方をしている 「紫式部ってやっぱりすごいなあ」という風に思わされるところですが では紫の上との関係はどういう風に描いているのか

0:47 というのを見てみましょう まず、この紫の上を光源氏が発見すると 見つけるというのがあるんですね それがこの「小柴垣からの垣間見」というシーンです これは、光源氏が十八歳の春にちょっと病気になってしまって 療養のために訪れた北山で、この紫の上ですね 少女を発見するというこのシーン、とても有名 というのは教科書で取り上げられることが多いシーンなんですね だから、皆さんの中でも読んだことがあるなと 思い出される方が多分いらっしゃると思います 思い出しながらね、読んでみてくださいね 「日もいと長きにつれづれなれば、夕暮のいたう霞みたるにまぎれて、 かの小柴垣のもとに立ち出でたまふ。」と

1:34 春なので、日が長い訳ですね それで、ちょっと手持ち無沙汰で退屈だから 夕暮れ時、大層霞がかかっていると その夕霞にまぎれて、かの小柴垣のもとにお出かけなさると 小柴垣という、ここにちょっと絵を入れましたけれども こういう芝で作った垣なので、このわけわけしてですね 隙間から覗くことができる訳ですね そういう小柴垣のところにお出かけなさると それで「人々は帰したまひて、惟光朝臣とのぞきたまへば」と お付きの従者をぞろぞろと引き連れるのではなくて 心を許した惟光という、この従者だけを連れていって

2:22 「のぞきたまへば」覗き見をすると ちょっと今だったら問題ですけれども この時代は、垣間見という風に言われて 男が女のことを知る一つの重要なきっかけになる訳ですね それをやったと、「のぞきたまへば」と では、何が見えたのかということですね 「ただこの西面にしも」ちょうどこの西側に 「持仏すゑたてまつりて行ふ尼なりけり。」と 仏様を置いてですね お祈りをしている、お勤めをしている尼さんがいると それで、うまい具合に「簾すこし上げて、花奉るめり。」と

3:08 その御簾を、ちょっと巻き上げているんですね それで、お花を仏様にお参りというかね 差し上げているようだという風に書いています うまい具合にですね、夕霞がたなびいているし 人々は帰してお付きの従者、心を許した従者だけだし そこにあるのは小柴垣という、わけわけして覗けるものだと その上、簾もちょっと上げてくれているから中が見えるということで なかなかこの垣間見にはもう絶妙というね そういうお膳立てをして、紫式部は描いている訳ですね そこに現れる訳です 「女房が二人、そして数人の女の子たちが遊んでいるのが見えた。

3:53 その中で、十歳くらいの少女が走って来た。 少女は、「雀の子を犬君が逃がしてしまった」と言って 残念そうにしている。」と とても、かけてくるという、元気いっぱいな女の子で とても無邪気な女の子が登場してくる訳ですね その子を光源氏は見てですね はっと思ってしまう訳ですね さあ、その少女はどういう風に描かれるか 「少女は顔つきがたいそう可憐で、眉のあたりがほんのりと美しく、 あどけなくかき上げている額の様子、 髪のはえざまが、たいそうかわいらしい。」と 飾らない女の子の、素のままの美しさというのかな

4:42 そういうのが描かれている訳ですね そういう女の子を見てですね、光源氏はどう思ったか 「ねびゆかむさまゆかしき人かな、と目とまりたまふ。」と 目がその子にいってしまった訳ですね 目が留まったということですね どう思って目が留まったかというと 「ねびゆかむさま」が「ゆかしい人」だということですね これはどない思ってんのか?ということなんですけれども ちょっと難しいね 「ねぶ」というのは、これは成長するという意味です だから「ねびゆく」というのは「成長してゆく」というね 成長してゆく様子がゆかしいと この少女がですね 今は小さいけれども、どういう風に大人になっていくのかなとね そういう風に「ゆかし」と思ってしまう人だと

5:28 「ゆかし」というのは英語で言ったら「want」になるんでしょうか 何々したい、というね そういう気持ちを表す全般を表す言葉です 見たい、聞きたい、知りたいというね そういう気持ち、それが「ゆかし」ということですね 見たいとかね、知りたいとか だから、「成長してゆく様子が見たいなあ」 「この子はどういう風に大人になっていくのか見たいなあ」と いう風に思って目がその子に留まった それで、目が留まったというこの動作について気づく訳 光源氏は「さるは」さては、と

6:14 「限りなう心を尽くしきこゆる人にいとよう似たてまつれるが まもらるるなりけり、と思ふ」 そうすると涙がこぼれ落ちたと 光源氏はどう思って 涙をこぼしてしまうほどに何を思ったのかと これもちょっとまた難しいですけれども、噛み砕いていきますね 「限りなう」というのはこの上なくだね 限りなく、自分が心を尽くしている人と 光源氏がものすごく心を尽くしている人って誰?というと これは藤壺のことなんですね 藤壺に、ということですね 藤壺に「いとよう」似ていると、とても似ていると

7:02 「この女の子、藤壺に似ているなあ」と ちょっと似ているのではないよ、「いとよう」似ている 「すごく似ているなあ」ということですね だから「まもらるるなりけり」と思った訳 「まもらるる」というのはどういうことかというと 「まもる」というのはね 漢字で書くと「目守る」なんですね 目がそっちの方にお守りをしてしまうと そっちの方を見てしまうということですね 見つめるということ 何でこの子に目がいったのかな、目が留まったのかな?と思うと 藤壺に似ているから、すごく似ているから この子のことをじっと見つめるんだと それでその後、「と思った」と それで、そのことをですね、もうちょっと詳しく見ると

7:50 ちょっと文法的な話になって 文法は何か皆さんね、難しいな、ややこしいなという印象を お持ちになられる方が多いんだけれども 文法というのを何のために勉強するかというと やっぱりね書いたね、ニュアンスというのを読み取るには こういうものに着目するというのはとても大事なことなんですね だから、ここもちょっとだけ文法を押さえておきますね 「まもらるる」と「まもる」に「るる」と付きますね これは文法的に言うと自発という助動詞になるんだけれども 自発というのは、「自」というのがこれは「自然と」というね 自然に見つめてしまうと だから、もう無意識な訳

8:35 意識してそっちを見るのではなくて もう無意識に目がいってしまうということですね 何でこの子のことを、こんなにじっと見てしまうんだろうと 無意識にこの子に目がいってしまうんだろう 惹かれてしまうんだろうと それは、藤壺にすごく似ているからだと思ったと それで、そのことを光源氏は「なりけり」と思っているよね この「なりけり」というのもちょっと押さえておきましょうね これ「けり」というのは、以前『竹取物語』をやった時に 過去の助動詞だという風にやりましたよね それで、これ「けり」は、その過去以外に もう一つ気づきの「けり」という使い方があるんですね はっと気づく、というね 「あっ!」と自覚する訳 だから、無意識のうちに目がいって、じっと見ていた訳ですね

9:21 その時にはって気づいたと 「あっ!何で?」と 「あっ!藤壺に似ているからこんなに見ちゃうんだ!」 「この子に目がいっちゃうんだ!」という風に はっと気づいて やっぱり自分は藤壺のことが好きなんだなという自覚をする訳ですね それで、涙が自然とこぼれ落ちると、はらっと落ちたと そういう体験を、北山で光源氏はしてしまう そして、紫の上のことを見てしまう 知ってしまうということになる訳ですね その後、療養を終えて一回北山から光源氏が帰ってきます そうしたら、折しもですよね 藤壺が病気で実家に帰っていたと 宮中だったら、もうたくさんの人目があるから 藤壺とはやっぱり御簾の一線を越えることはできないんだけれども

10:10 実家なんですよね 光源氏は藤壺との一線を越えてしまいます 「光源氏は、昼はぼんやりと物思いにふけり」と 藤壺のことを思っている訳ですね そして、「日が暮れると藤壺付きの女房を追い回して 藤壺への取次をせきたてる。」と この女房もたまらんですけれども ついに光源氏の熱に押されて許してしまう訳ですね それで、二人の密会がここに書かれているんですけれども 紫式部はどういう風に書いているか 「いかがたばかりけむ、いとわりなくて見たてまつるほどさへ、 現とはおぼえぬぞわびしきや。」というこの一文なんですね 「いかがたばかりけむ」と どのように、だよね「いかが」というのは

10:56 「いかが」というのはこれは「how」ということですね どうやって「たばかる」と 「たばかる」というのは、計略する、謀る 陰謀の「謀る」だけれども、計略したんだろうと どういう策略を立てたんだろうかと 大層「わりなし」な状態で見ることができたと 「わりなし」というのは、色々な訳ができるけれども 「わり」というのは「ことわり」道理、理屈の理の字を当てますよね それで、それが「ない」と ひっくり返して「無理」ということですね 無理くり、ということです 無理やり、無理な方法で、無理な手段を使って、ということですね 一体どんな策略を巡らせたんだろうと

11:43 もうものすごい無理くりにですね 無理やりな方法で「見た」訳ですね この場合の見るというのは、ただ単に「見る」ではなくて やっぱり「逢う」ですね 見るというのは逢う、肉体関係を持つということになる訳ですね 無理な方法で逢ったと それで、現実にようやく逢えた訳ですよね 今まで心の中で悶々としているだけだったのが ついに藤壺と関係を持つことができたと 嬉しいことなんだけれども 光源氏にとってはそれがもう現実のこととは思えない訳ですね

12:28 それは、つらいことであるということですね こんなに、逢えてやっと念願が叶ったんだけれども 「現とはおぼえぬ」もう夢のような逢瀬であると それはもう「わびしい」ことであるという風に書いている だから具体的に、ああして、こうして、どうして、こうしてみたいなことは 書いていないんですね だから、それだけに逆にどうやったのかしらとかね 色々こう読んでいる人は想像というか 妄想が膨らむ書き方をしていますよね さあ、その後です 逢ってしまった訳ですね 一線を越えてしまって、藤壺が光源氏の子供を宿してしまう訳ですね ちょっと時間が経ちまして、その後、出産のためと これもちろん、実は光源氏との子供ですね、のために

13:15 三条宮に移った藤壺を光源氏は訪ねていきます そこに藤壺のお兄さん、兵部卿の宮がやってくると その後ですね、その時「暮れぬれば」と 兵部卿の宮が「御簾の内に入りたまふを、うらやましく」見る訳ですね 光源氏はこうも「昔は父帝の計らいで、おそば近くでお話できたのに、 今はまるで遠ざけようとなさるのを恨めしく思うが、 それも仕方のないことである。」と ここにまた御簾が出てくるんですね それで、御簾の中に入れるお兄ちゃんですね 入れない自分ですね やっぱり御簾の隔てというのがここで

14:00 やはり二人を隔てるものとして、もう絶対的な壁として この御簾という道具立てをうまく使っている訳ですね さあ、いかがでしたでしょうか 紫の上は、どうして奥さんになれたのか、見れたのか それは小柴垣という ちょっと小柴垣というのは、背が低いし 間をわけわけすると、隙間があるから覗けるものですね それで逢うことができた、見ることができて ゆくゆくは奥さんになる、紫の上との関係 そして御簾という、本当に1枚の風でめくれるような御簾なんだけれども 重い壁によって隔てられた藤壺との関係

14:46 こういった、紫の上、藤壺と、光源氏との間に何を置くかということですね 小柴垣か、御簾かということによって 二人との関係というものを描いていこうとする やっぱりこういう使い方というのは なかなか考えているなという風に思わせられるところですよね さあ、もう一人「紫のゆかり」がいますよね 女三宮と光源氏はどういう関係になっていくのか、あるのか ということなんですけれども これはちょっともう今日は時間もありますので ちょっと人間関係だけ言っておくと 光源氏と女三宮の間に、子供がね

15:36 薫という子供がいるんですけれども、この薫という子はね 実は源氏の本当の子供ではないんですね 柏木という若い男がいて、その柏木がですね この女三宮のことを恋慕う訳 それで一線を超えてしまうんですね この柏木と女三宮の間にできたのが薫という子供、という またこの「実は…」というやつですね 「実は…」というやつが繰り返される訳 光源氏が藤壺と密通して お父さんの奥さんに手を出したのと同じように 柏木が密通して自分の子供ではない子供ができると 父親がですね

16:22 自分の子供ではない東宮を育てたように 自分も、自分の子供ではない薫という子供を持つことになるという なんだかこう、繰り返されると言いますかね そういう目に遭って 光源氏は自分がやったことの重さというものを 実感する訳ですけれども そういう風にドラマがまたね、展開していって この柏木と女三宮が関係を持ってしまうという そのきっかけになるのもやっぱり御簾なんですね 御簾が今度はめくれてしまうという 読書ガイドの本で、是非お読みになってくださいね まず原文と現代語訳ですけれども いつもの挙げているシリーズですね ソフィア文庫の『ビギナーズ・クラシックス』 これは五十四帖を1冊にぎゅっと凝縮しています 名シーンを堪能できますから、手軽に読めます

17:10 おすすめです 本格的に読みたいという人は、色んな全集も出ているし 文庫本でもありますから 本のレイアウトとか、手に取って 苦痛ではないものをお選びになってみてください ここでは、新編全集、ハードカバーなんですけれども 小学館のものを挙げています 本格的に読んでみたい人向け さあ、現代語訳です 作家が手がけたものは、本当にこれもたくさんあるので ここに挙げたのは一部です 皆さんも色々お調べになったり、検索なさって自分に相性のいいね 文体、言葉遣いのものを選んで読んでくださいね 有名なものとしてですね 知識として知っておくといいよというのは 近代に入ってから現代語訳というのがされる

17:57 それの三大現代語訳というのがあって 与謝野源氏、谷崎源氏、円地源氏というね この三大現代語訳『源氏物語』の現代語訳はとても有名ですので ちょっとそういう古文に近い時代の、現代語訳ですから 趣とか品格というのもあるので そういう世界で味わいたいわ、という方は こういうものを是非ね、読んでみていただけたらと思います それぞれハードカバーでもあるし、色んなバージョンで出版されています 文庫にもね、なっています 与謝野源氏は青空文庫でも確か読むことができると思いますので ネットでもね、無料で見られますから探してみてください 谷崎源氏、潤一郎訳だけでは分からないね

18:45 谷崎潤一郎ですね これは原文に非常に忠実に訳していて その敬語なんかも「たまふ」というのを非常に忠実に訳していて そこがちょっと慣れないうちは敬語がもうゴテゴテに盛っているので ゴージャスに付いているので なかなか文体に馴染みにくいところがあるんですけれども それはそれで一つの時代の雰囲気というのを表わしていますから これもちょっとでも覗き見られたらいいんじゃないかなと思います それで、円地訳ですね、これも良いですね 現代作家によるものとしては、これは一部です 田辺聖子さんの『新源氏物語』ですね これはやっぱり田辺聖子さんは今までも『古事記』の時とかも

19:33 あるいは『落窪物語』の現代語訳なんかもご紹介したと思いますが 落窪のときは、大阪弁を入れてとてもテンポよく訳しておられたけれども 新源氏の時はまたがらりと文体を変えて 今日、プリントのこの下段に ちょっと一部分だけ、雀の子のところのシーンを挙げましたけれども また文体を変えて、とても読みやすいし この世界に入って行きやすい だから、これもおすすめです 橋本治の『窯変源氏物語』 これはまた雰囲気ががらりと変わってですね とても、何て言うんだろう 品格のある日本語と言ったらいいのかな、格調高い感じだし 『源氏物語』の現代語訳をしている人は女性作家が多いんですけれども

20:21 男性作家によるね、現代語訳ということで また視点がちょっと違うから そういうところを読み比べてもいいと思いますね 面白いと思います あと寂聴さんの訳なんかも有名ですね、瀬戸内寂聴の訳 最近では、角田光代さんも手がけておられますね これはまた、今までのそういう大家の訳ともまた違ってですね 非常に歯切れのいい文体と言うのかな 潔い文体と言ったらいいのかな、で訳しておられて これも非常に内容が頭に入りやすいと評判の訳ですから ちょっと色々手に取ってみてね 読み比べたり相性のいいものを選ばれたらいいかなと思います 漫画としては『あさきゆめみし』、他にも色々ありますけれどもね

21:07 『あさきゆめみし』の大和和紀さんの絵は、とても美しいからいいですね さあ、今日はここまでにいたします お疲れ様でした

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