0:11 はい、では、えっと、グローバルサスト フィールドワークの第6回の授業を始め たいと思います 。すいません 。まず、あの、えっと、申し訳ありません 。えっと、急遽ですね、えっと、 オデマンドという形にさせていただきまし た。さ、ちょっと、あの、今日もごほごほ して、あの、聞きづらいかもしれないん ですけど、ちょっとあの、席が咳を伴う風 がちょっとひどくて、あの、あんまりごの あれかなと思って、あの、風流行ってます し、あの、ちょっとこういう形でやらせて いただきました。あの、あの、連絡が ちょっと直前になっちゃったんですけれど も、えっと、それでご迷惑をかけた方が いらっしゃいましたら、えっと、申し訳 ないなかったです。で、えっと、今日、
1:00 えっと、もう土曜日というか、え、土曜日 の夜というか、日曜日のあの、朝なんです けど、えっと 、え 、配信するという形で、えっと、ですので リアクションペーパーは、えっと、6月の 7日の日曜日、え、12、えっと、までに 提出、え、をお願いできればという風に、 ま、1週間あると、1週間以内に提出をお 願いしますと、ええ、いうことでよろしく お願いします。で、えっとそこにも書いて ありますように、えっと、今日扱うのは ようこそアフリカ世界へ、え、の本の、 えっと、第9章感染症の内容になります。 で、いつもは、あの、えっと、 リアクションペーパーに対する、えっと、 あの、応答レスポンスというところから
1:47 授業始めてますけど、えっと、それについ ては次回の授業でまとめてという形で、 えっと、今日はさせていただければと思い ます。はい。えっと、では早速内容に入り ますけれども、えっと、2020年4月 ですね、えっと、フランス、えっと、ま、 もう、えっと、コロナが、え、流行して いる、え、時ですけれども、うんと、 フランスのテレビ番組に出演した医師たち がですね、えっと、このように述べました 。アフリカにはマスクがなくて治療手段も 集中室もないんだと。だから、え、コビ 19の、えっと、研究に関するワクチンの 臨床試験はアフリカで行うべきだと、ま、 このように述べました。で、当然のように ですね、この発言は世界中から避難を受け ました。 えっと、WHOですね、世界保険機関、
2:33 機構機関の、え、テトロス事務局長、この 方は、えっと、アフリカのエチオピア出身 の方ですけれども、え、は、え、ま、こう した、えっと、発言対して非常に、えっと 、すぐさま、え、レスポンスを取りですね 、この発言は、えっと、予防も治療もでき ない化を実験室と見なす、ラボラテリーと 見なすものであり、植民地主義の残りだと して通列に批判しました。で、え、問題は ですね、なぜこのような、ま、ある種、 うーん 、ま、入るにかけた発言が、ま、平然と なされてしまったのかと、え、いうこと です。なぜアフリカではこの意思の発言に 見られるように未だに適切な資料サービス
3:21 が提供されず、え、感染症が前いると、ま 、そのように語られているのでしょうかと 、 え、いうことです。で、えっと、もう ちょっと深く考えてみると、この差別的な 発言をした医者たちにとってアフリカは 感染症に対処できず先進国に支援される だけの虐待、え、その対象なのであって 感染症対策を推進するような死体では 決してありませんでした。えっと、で、皆 さんの多くもそのようにアフリカのことを 考えている、え、イメージされていると 思います。え、しかしですね、本当に、え 、ここで立ち止まって考えるべきは、え、 本当にアフリカは感染症の問題に自ら 立ち向かうことができないのでしょうか? え、という、え、問員になります
4:11 。はい。えっと、ま、そもそもです、 立ち止まってみて、感染症何なのでしょう かと。で、感染症とは微生物ですね。ここ ではウイルスは最近、え、規制中などを 指しますが、これが体の中に入り込み、 増殖することによって引き起こされる病気 のことです。で、微生物の多くは上材金と して消化を助けるなど、ま、え、体にとっ て大事な働き を、え、しており、ま、一概に悪くとは 言えます。しかし一部の微生物は病体とし て体に、え、描いを及ぶします。ま、これ は、えっと、一般常識的なあの話かと思い ます。で、えっと、感染症の特徴の1つは ですね、病原体の新入を受けた、え、人、 え、の病原体が別の人に電波してしまうと
4:58 いう点にあります。例えばコロナを 引き起こす、え、コロナウイルスは、えっ と、被末感染ですね。つまり感染者が石約 写みをした際に病原対応が含まれた水しき 、ま、秘末ですね。これを近くの人が 吸い込むことで広がるとされてます。また マラリアを引き起こすマラリア原中は 天らかというがいるんですけれども、 えっと、ま、これを中間縮と言いますか、 これが、え、吸結して人から人へ運搬する ことで感染が広がっていきます 。で、今日のアフリカで問題となっている 感染症のうち、最も広く知られているのが HIVエイズ、え、とマラリア、そして 結格です。で、これらは、え、しばし3大
5:44 感染症と呼ばれます。で、このうち マレリアと結構は長い歴史を持ちます。 人間の歴史、え、人類の歴史を紐解いてみ ても、ま、古からその存在は確認されて おります。で、これに対してHIVAは 進行感染症と呼ばれる新しく流行が確認さ れた感染症です。で、HIVは1980年 代にアメリカで初めて報告され、その後 アフリカで爆発的な感染拡大を引き起こし ました 。で、ま、これらについては、あの、ま、 えっと、ご存知の方、えっと、多いかと 思いますけれども、え、これらと、ま、 対象的にですね、国際社会で十分に認知さ れてない、ま、十分に注止されてこなかっ た、え、感染症もあります。で、これらは
6:31 、え、しばしは変り見られない、え、熱帯 病と、え、呼ばれます。で、えっと、ま、 およそ2020、20個ほどその カテゴリーに賜まる病気があります。ま、 その一例として、えっと、ま、これも広く 知られているのがアフリカ眠り病という、 アフリカトリパの相マ症という、え、病気 です。感染症です。これは振り方のみ感染 確認される感染症でほとんどは設売えの 吸血により感染します。え、治療が行われ ない場合中水神経系が犯され完水状態に なり、え、陥りしに至ります 。では、えっと、これらの感染症に対して 、アフリカでは植民地域から1980年代
7:18 までどのように人々は対処してきたの でしょうか?え、一般的にですね、 アフリカではヨーロッパが進出する以前、 え、ですね、えっと、え、は、えっと、 自然と人間のエコシステムがある程度 うまく機能していたと考えられています。 例えば、え、交通の打ちずしい発展、え、 農業開発、人口密の増大といった理由で 感染症が爆発的に流行することはありませ んでした。しかしヨーロッパがアフリカで 支配を確立するようになると、ま、これは えっと19世紀末以降のことですけれども 、え、その過程で感染症の流行が 引き起こされました。例えばウガンダです ね、19世紀末のウガンダでは労働力確保 のためにアフリカの人々は、えっと、
8:06 アフリカ人専用の居住区が設けられ、そこ に住むこと、えー、を強いられました。で 、つまり、えっと、これは民族、え、に よって、えっと、区分されたものであって 、えっと、ま、他の授業でも他の会でも 扱いましたけれども、アフリカの人々の、 えっと、移動と居住というのは、ま、非常 にあの、流動性に飛んだ、え、移動性の 高いものであったわけですけれども、それ を分断する形でですね、えっと、人々の 生活はあの、再変されてしまいまし その結果何が起こったかというと、ま、 人間と森、ま、森林、そして、え、野生 洞窟の間にあったエコシステムが破壊され ました。え、これによって、えっと、絶売
8:54 、え、が生息し、ま、汚染する地、ま、ま 、それによって汚染される地域が拡大し ました 。で、それと共にアフリカ眠り病が、え、 流行することになります。ま、このような ですね、えっと、植民地政府による介入の 結果はヨーロッパが植民地を本格化させる 1890年代から1930年代までの数十 年間の間は、え、ある者によるとアフリカ 市場最も福代、え、と、ま、呼ばれる、え 、ほど、ま、いろんな病気が、え、その、 ま、え、支配に伴う様々な会議の結果とし ていろんな感染症が、ま、流行し、ま、 それに対して、えっと、脆弱な人々が、ま
9:39 、え、健康を犯化されたり、あるいは命を 失うという時代、え、になりました 。で、このような状況が変化したのが 1900、あ、あの、19世、あ、20 世紀中頃のことです。えっと、第2次世界 大戦が集結した後の1949年ですね、 アメリカの、え、トルーマン大統領、あ、 トルーマン、え、は、え、大統領に、え、 就任した演説の中で低開発地域ですね、 アンダーデプメントcountry、え、 え、での開発の必要性を訴えました。で、 この演説以降アフリカは総国に支配される 対象としての植民地ではなく、え、支援 申告や国際機関により開発される対象とし
10:24 ての、ま、開発訴地域となりました。では ですね、ま、しばしはこの時代っていうの は開発の時代と、え、1900、ああ、 50年代、え、以降の時代、え、は開発の 時代と呼ばれますけれども、アフリカで 感染症対策か対策はどのように進められた のでしょうかと。え、で、いくつかの、 えっと、プロジェクトがこの時期に実施さ れるわけなんですけれども、え、そのうち 代表的なものの1つが1950年代から 1960年代にかけて実施されたマラリア 混絶計画です。で、この計画では です内でデ産することによってマラリアを 売介する浜だらかを駆除することが目指さ れました。で、結果的にですね、この計画
11:13 はあまりうまくいかなかったと。住民が DDTの散婦に抵抗したりですにでしたり ですね。あるいは蚊がDDTや薬剤への 体制を獲得したためアフリカの各地で、ま 、うまくいった地域もあったんですけれど も、各地で計画は失敗に終わりました。ま 、かと言ってこの、えっと、大規模な、 えっと、ですね、 え、資金が閉じられたこの計画を全くの うんと無駄だったかというと、ま、そう いうわけではなく、ま、計画自体は失敗し たものの、ま、つまりそのマラリアを混絶 するという目標を達成することはでき なかったものの、この時期に整備された ですね、公衆衛生の環境ですね、母子保険 の強化やワクチン摂取などの体制について は肯定的、ま、その後、ま、えと
11:58 、ま、その後、ま、えっと、この地域で、 えっと、有要な役割を果たしたという、ま 、肯定的な評価もなされています 。また、えっと、この開発の時代、え、の もう1つの出来事として、えっと、 1978年ですね、WHOとイニセフに よってプライマリーヘルツケアが提唱され ました。で、これは、え、トップダウン型 のマラリア混絶計画と対象的なオトマ型の アプローチと言えます。で、これはですね 、全ての人々に健康をスローガンとし、 様々な感染症を含む保険医療に関する横断 的な課題に対応するものでした 。例えば、え、保険、え、健康教育だとか
12:47 、え、食料と栄養の確保だとか、え、水と 衛生の管理、え、保守保険、予防摂取など をコミュニティ住民の積極的な参加に 基づいて推進することが目指されました。 しかし、え、1970年代、ま、この プライマリーヘースケアが、えっと、ま、 導入された時期というのは、えっと、 オイルショックによる世界的な景気が、 えっと、低明し、え、ま、その影響でです ね、感染症対策も低明した時期でもあり ました。ですから、ま、この、えっと、 プライマリーヘースケアの概念、え、ま、 考え方自体は重要なんですけれども、それ が、ま、根付くというところまでは、え、 なかなか難しかったと、え、言えます。 このようにですね、開発の時代における アフリカ諸国では公衆衛生や感染症に
13:34 関する問題が取り組まれたものの、え、 順調に解決に導かれたと、え、いうわけに はいきませんでした。そしてグローバル化 が加速する1990年代以降ですね、 アフリカの感染症を巡る状況はさらに複雑 化していくことになりました 。で、えっと、じゃあ1990年代以降 っていうのは現在に至るまでどういう、え 、状況なのかというと、ま、この時期この 数十年間、え、30年ほどの、え、期間の 感染症対策の特徴はグローバルヘスという 言葉を用いて検討されることが多いです。 で、グローバルヘストは何そやということ
14:20 なんですけど、まず、ま、ポイントは2つ あって、1つは公衆衛生の課題が国家だけ ではなく、NGO企業など様々なアクター が、えっと、ま、とか財団とかですね、ま 、が、え、協力して対処することです。 もう1つが医薬品や医療技術あるいは知識 が表示商品化され、グローバル市場で取引 されること。ま、この2つです。そして グローバルヘルス時代における、え、代表 的な公衆衛生の課題がマラリアとHRVの 2つとなります 。で、マラリアについては先ほど、え、 言及しましたけれども、マラリアの混絶 計画にのが失敗して以降、ま、マラリア 対策はしばらくの間停滞していたんです けれども、1980年代から再び客を浴び
15:05 ました。で、1998年にはですね、先進 国、WHO、UNIセフ、世界銀行などが 連携してロバックマナリア、え、イニシと 呼ばれるイニシアティブを開始します。で 、このイニシアティブに基づいてですね、 検査キットによる早期診断や適切な治療薬 による確実な治療、火を用いた予防といっ た、え、予防といった指針と幕体的な数値 目標が示されました。さらにこのロール バックマラリアを投資したの、財政的な 投資したのが世界エズ、え、結マラリア 対策基金です。この基金は、え、WHOに 、え、事務局が置く国際機関です。で、ま 、えっと、で、その基金によって、ま、 いろんなプロジェクトが可能になったわけ
15:52 なんですけれども、ま、こうした国際社会 による動力の結果、ま、例数は2000年 の、え、73万、え、6000人から、 えっと、2019年、え、20年後ですね には、え、40万9000人まで減少し ました 。はい。で、マラリアについてはじゃ、 そういう感じで、ま、えっと、徐々に携帯 から、ま、改善へという風に、え、状況が 、え、上向いてるわけですけれど、HIV についてはどうかと言うと、HIVは、 えっと、1980年代からアフリカで流行 し始めました。特に ナンバーフリーカ失礼しました。え、特に
16:38 南部アフリカでの感染の拡大が、えっと、 れており、2003年の水計値によれば 成人の、え、HIVの率はSワティ、え、 という国で、ま、38.8%、仏で 37.3%、そして南アフリカで 21.5%でした 。HVの治療には複説できる人の数は 2020年の時点で、え、約、え、 2740万人、え、いるとされており、 これは、えっと、HIVと共に生きる人々 、ピ、え、Peopleliving withHIV、え 、ま、いわゆる感染してる人、人、え、が 、ま、およそこの時点で3760万人、え
17:26 、いたわけですけど、このうちの73%に ああります。で、えっと、こう、この数字 は、えっと、極めて、えっと、 え、この、えっと、数十年の間に、え、 改善しつつあるもので、えっと、つまり 2000年の時点でこの数字を見てみると 、え、治療にアクセスできていた人の数は 56万人に過ぎず、これはHIVと共もに 生きる人々のうち、わずか2%に過ぎ なかったと。え、この20年でですから、 えっと、劇的に状況が改善、え、したわけ です。では、じゃあ2000年の時点で ですね、なぜ2%の、え、人々しか治療、 え、にアクセスできなかったのかと、え 、言うと、その背景としてはですね、
18:13 HIVの治療薬には特許権があるために、 え、治療薬は高額の、ま、ままであり、他 の企業が無断でジェネリック薬を、えっと 、製造できないという、ま、そういう状況 がありました。その結果として欧米の制約 企業の膨大な利益が守られ、HIVAZと 共に生きる人々が治療にアクセスできず なくってしまう時代となっていました 。で、この状況を改善する、え、ま、 変えるためにですね、HIVと共もに 生きる人々や彼らを支援する、え、NGO が連携して全世界で、え、大規模な運動を 展開しました。で、その結果2001年に 、ま、同派で開催されたWHOの閣僚会議 でいわゆる同宣言が採択されます。で、 それによって各国政府は公衆衛生上の緊急
19:00 事態において国家が国権者の、えっと許可 なしに当該特許を使用する権限の行使が られないと、え、するルールが決められ ました。ま、ですからその、えっと、 HIVのような、えっと、極めて、えっと 、まか、えっと、ま、HVの流行のような 、ま、マージェントな事態においては国家 が、えっと、その、え、治療薬の、え、 特許持ってる、え、企業の許可を、ま、 取ることなく、ま、その ジェネリック、え、を生産し、えっと、ま 、対策をするということが、ま、認められ
19:48 たわけです。で、この宣言をきっかけとし てHIV対策は大きく進展しました。 例えば2006年には子供向けのエイズ 治療薬やvia体制が問題となっていた結 の治療薬などを安定的に供給するために ユニットエイドが創設されました。で、 HIVを巡っては指的財産権の保護により 恩恵を預かる制約企業と命をかけて戦う、 え、HIVと共もに生きる人々とが対立 する構造が見られました。で、HIVの 治療へのアクセスについては依前として 問題が、ま、山積みという状況です。 しかし、HIVと共もに生きる人々による 強力な運動が、え、今日の治療アクセスを 巡る状況の改善に貢献したことを、ま、
20:36 ここで確認しておくのは、ま、極めて重要 なことです。ま、その結果、え、さっき 述べたように、えっと、2000年の時点 ではHIVと共もに生きる人々のうち2% に過ぎなかった、え、治療にアクセスでき ていた人の割合が73%まで、え、上昇し ているということです。 ではこのような感染症対策の歴史を持つ アフリカはですね、この近年の、え、 アコビッド19の流行時にどのように対策 したのでしょうか 。で、ま、一般的にですね、アフリカは 医療システムの基盤が脆弱で、また医療 資源が限られています。例えば病数、え、 基礎的な薬品、医療人材あるいは保険財政
21:23 などいずれをっても不十分です。そのため アフリカではコビト19の、え、流行に より甚大な被害が及ぶと予測されていまし た。えっと、しかしですね、実際の数と いうのは予想中は大幅に下回りました。で は、ではなぜですね、大幅の予想に反して アフリカではコビッドid19対策が うまくいったのでしょうか。で、多くこれ について、ま、多くの議論があるわけです けれども、ま、そのうちの有力な説明と いうのが、アフリカは感染症対策に達する 関する膨大な経験を有しているという、え 、ま、そういう説明になります。以降その 例としてナイジェリアにおける ポリオインフラ、え、ポリオ インフラストラクチャーをエブラウイルス 、え、病の経験を中心に検討していきます
22:08 。 えっと、ポリオは、ま、アフリカで旅々 流行した、ま、極めて、え、感染性の強い 、え、病気ですけれども、これは、えっと 、ナイジリアを最後に2020年に アフリカで制圧が完了し、世界から混絶さ れるまであと少しという状況です。しかし それが存在する限り私たちはポリを再び 流行させないためにはワクチンを打ち続け なければなりません。で、ワクチンを全て の子供に打つのは、ま、非常に大変なこと です。折り分け住民が整備されておらず、 どこに誰が何に住んでいるのか、え、が 十分に分からない。ま、振りカのような 状況ではなおさらです。で、こうした事態 に対応するためにナジリアの人々と国際
22:55 社会が協力して作り上げたのがホリオ インフラクストラクチャーです 。ここで活躍するのはコミュニティレベル で開始されるのヘルスワーカーの人々です 。で、彼ら彼女たちは毎年複数会を行わ れるワクチン摂取キャンペーンの際に対象 地区に分れて自分たちで作成した地図をも に1件ずつ家を守り回りワクチン摂取を 呼びかけます。ここで重要なのはヘルス ワーカーの人たちがその場で子供の人数の 増減を確認したりワクチンよりも生活水が 欲しいといったニーズを聞いたりまという ま必ずしもその えっとうんとワクチン摂取えのみ えをやってるわけじゃないとま様々な件を
23:42 受けたりというです ね以外のワクチンの説明を行ったりすると えまそういったいろんなことをやったり、 え、しているわけです。さらにそうして家 へを回って、え、得られる情報は地方政府 あるいは収油政府を経て連邦政府レベルで も集約されます。さらにこの集約情報が 集約された結果、ワクチン接取を拒否する 人々が多い地域コミュニティに対しては 地方政府の差や宗教指導者が直接説得に 思き、場合によっては周知時自らが直接で 向いて交渉します。この取り組みは保険所 のみならずUNISF、WHO、 ロータリー対談などの様々なアプターが 協力して、え、実施しています。で、 Cコovid19の対応に、え、際しては
24:27 特に感染者の非接触、え、感染者の接触者 の追跡と、え、検査適切な情報提供の場面 で、え、このホリオ インフラストラクチャーが、え、活用され ました。これは同じ地域で同じ言語宗教 文化を共有するヘルスワーカーが長年の 経験を通して獲得してきた信頼と実践の 蓄積があるからこそ可能となったと、え、 言えるわけです 。で、ポリオについては、ま、ま、ま、 そのような、え、感じで、えっと 、次第にポリオに対策するうちに、えっと 、そのポリ以外の感染症に対処するための インフラが整備されていったということな
25:14 んですけど、エブラはじゃどうかと言うと 、えっと、エボラウス病はですね、え、 1976年、え、にスダ南部で、そして その2ヶ月後には今度はイルですね。現在 の今後民主共和国で世界で初めて流行が悪 された感染症です 。それ以降アフリカでは毎年のように流行 してきました。エバラウイルス病は極めて 高い知識率と感染力を持つ感染症である もののワクチンや治療ななどの開発は行わ れず変えられない熱帯病の1つとされてい ます。しかし1900あ、2013年から 、え、西アフリカのギニアやリベリア シラルドのでかつてない大規模な流行が 起こりました。で、この時の感染者数は、
26:00 ま、えっと、全部ひっくりてですね、これ 以外の地域、ヨーロッパも含めてこれ以外 の地域でも感染者が広まったわけなんです けど、えっと、ま、それ合わせて2万、え 、8610人、え、列車数は1万138人 に及びました。 で、この時のですね、エバロウイルス病の 流行の経験はですね、コビッドid19の 対応に様々な形で生かされました。例えば エボラウス病の感染集結後の2016年 ですね、アフリカ失平、え、予防管理 センターが設置されました。このセンター はcovid-19を含めてアフリカ全体 における感染症流行を巡る情報収集と発信 。としてアフリカ各国への、え、迅速の
26:46 支援あるいはワクチンを含む、え、式材の 調達などにかける役割を担っています。 もちろん、えっと 、え、コロナ旅行した時にはこのセンター が、ま、非常に重要な役割を果たしました 。はい。で、ま、以上ここまでですね。 えっと、植民地時代から、ま、え、コロナ の時期までですね、えっと、感染症が、ま 、どのように、え、流行し、ま、それに 対する対策がどう整備されてきたのかと いう話をしてきましたが、ま、ここで、 えっと、冒頭に、え、上げた問ですね、 アフリカは感染症対策の虐待ではなく、ま
27:31 、主体あるいは主役になれないのかという 問に立ち戻りたいと思います。 で、2021年の所にですね、日本におけ るcovid-19予防のためのワクチン 摂取は、ま、皆さんも覚えておられるかも しれませんが、他の先進諸国と比べて 明らかに遅れていました。それについて 多くのメディアが日本政府の対応を ワクチン更新国という言葉を用いて避難し ました。日本はつまりワクチン更新国に なりがなり下がったんだという、ま、そう いう論長です 。この議論の前提にはワクチンを最も進ん だ国や地域の人々がまず摂取し、最も遅れ た国の人々が最後に摂取するのが当然だと いう前提があります。そしてまさにこの
28:19 前提通り201121年1月の エコノミスト市による世界のワクチン摂取 の将来予測ではアメリカのヨーロッパ諸国 の多くが2021年の、え、末まで日本は 翌年の前半までに摂取を終えるのに対して アフリカ大陸の大半の国々は2023年 以降になると、え、されました。 冒頭で述べたように感染症は社会が強調し て対処しなければならない問題のはずです 。しかしこの、え、論接にあるように何の お互いもなくですね、しばしばアフリカは 後回しされ、え、先進国の支援の対象とし て位続けられているのが現状です 。ま、このような事態に対してですね、 2020年10月に、え、南アフリカと
29:08 インドがWHOに対してOBと19の流行 が収束するまでの間、それに関わる知的 財産権の法規を求める提案を行いました。 この提案に関しては全てのアフリカ諸国を 含む途上国に加え、多くの制約企業を、ま 、国内に有するアメリカも賛成していまし たが、 ヨーロッパなど一部の国々が反対して、え 、います。もしこれが実現されすればです ね、アフリカがコビド19に関する検査、 治療、予防に関わる製品や医薬品などを 製造する可能性が開かれます。逆に言えば 知的財産権があるがゆえに 例えばファイザーが開発したワクチンを別 の企業が製造することはその居宅がない
29:54 限り、え、できない状況です。知的財政権 を保用する欧米のグローバル制約企業は 知産は研究開発における投資促進や イノベーションにおいて、え、必要不可欠 であり、また設備のや現在の調達あるいは 各国の薬規制などの技術的な問題が膨大に あると指摘してこの提案に反対しています 。 ま、改めてですね、えっと、強調しておく とな、ま、ここで重要なとなぜですね、 じゃあアフリ川が、え、主役虐待ではなく 感染症対策の対策の主役となって対策の ための検査、治療予防を推進していくこと ができないのでしょうかという、え、もの です。確かにアフリカには感染症対策を
30:42 巡る大きなも、多くの問題があります。 しかし、え、本省で議論したように アフリカは自ら感染症対策を放棄し、え、 受け身にしているのではなく、アフリカが 常に感染症対策の受け手の立場に遅れて しまう構造的な問題が背景にあります。 こうした問題に対応し、アフリカが私たち がですね、アフリカへの物差しを変えない 限り、アフリカが感染症対応の、え、主役 になることは、ま、難しいのではないかと 、え、言えます。ま、このような問題定義 も可能だということです 。はい。えっと 、ま、今日は、えっと、そのようこそ 振り替えの第9章の内容を、ま、ほぼ
31:29 なぞる形で、えっと、まとめましたけれど も、あの、ま、飛ばし飛ばし、あの、なっ てるところもあって、えっと、他にあの、 あの、触れている論点とか、え、ケース 事例の話とかあったりするので、また興味 ある方は見ていただけ、待ていて いただければと思います。はい。えっと、 ま、質問とかもあの、あれなので、また、 えっと、内容についてですね、えっと、 質問なりコメント、あ 、区め、え、リアクションペーパーの提出 の方よろしくお願いします。はい、では これで終わります。