Global Southとフィールドワーク 第6回

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簡単なまとめ

この講義では、アフリカにおける感染症対策の歴史と現状を概観し、特にグローバルヘルスの視点から、アフリカが単なる支援対象ではなく、感染症対策の主体となり得る可能性について議論します。

  • アフリカにおける感染症の歴史と現状
  • グローバルヘルスの視点からの課題
  • アフリカが感染症対策の主体となる可能性

導入

この講義は、グローバルサウスフィールドワークの第6回として、オンデマンド形式で配信されます。講師の体調不良により、急遽この形式となりました。今回の内容は、ようこそアフリカ世界への第9章、感染症に関する内容を扱います。リアクションペーパーの提出期限は6月7日です。

アフリカにおける感染症の現状

2020年4月、フランスのテレビ番組で、アフリカにはマスクや治療手段がないため、COVID-19ワクチンの臨床試験をアフリカで行うべきだという発言がありました。この発言は世界中から非難され、WHOのテドロス事務局長は、これを植民地主義の残りと批判しました。この背景には、アフリカが感染症に対処できないという偏見が存在します。感染症とは、微生物が体内で増殖することで引き起こされる病気であり、HIV/エイズ、マラリア、結核がアフリカの三大感染症として知られています。近年では、顧みられない熱帯病も問題となっています。

植民地時代から1980年代までのアフリカの感染症対策

ヨーロッパの進出以前、アフリカでは自然と人間のエコシステムが比較的安定していました。しかし、植民地支配が始まると、労働力確保のための居住区の設定などにより、感染症が流行しました。特に、1890年代から1930年代にかけては、アフリカ史上最も不幸な時代と呼ばれるほど、多くの感染症が流行しました。

開発の時代におけるアフリカの感染症対策

第二次世界大戦後、トルーマン大統領の演説をきっかけに、アフリカは開発対象地域となりました。1950年代から1960年代にかけては、マラリア根絶計画が実施されましたが、住民の抵抗や蚊の薬剤耐性により失敗に終わりました。1978年には、WHOとユニセフによってプライマリーヘルスケアが提唱されましたが、オイルショックの影響で十分な成果を上げることができませんでした。

グローバルヘルス時代のアフリカの感染症対策

1990年代以降、グローバルヘルスという言葉が用いられるようになり、公衆衛生の課題に様々なアクターが協力して対処するようになりました。マラリア対策では、ロールバックマラリアというイニシアティブが開始され、世界エイズ・結核・マラリア対策基金が設立されました。HIV対策では、治療薬の特許権が問題となり、治療へのアクセスが制限されていましたが、市民社会の運動によりドーハ宣言が採択され、ジェネリック医薬品の製造が認められるようになりました。

COVID-19流行時のアフリカの対策

アフリカは医療システムの基盤が脆弱であるにもかかわらず、COVID-19の被害は予想よりも大幅に下回りました。その理由として、アフリカが感染症対策に関する豊富な経験を有していることが挙げられます。ナイジェリアにおけるポリオ根絶のためのインフラや、エボラ出血熱の流行の経験が、COVID-19対策に活かされました。

アフリカが感染症対策の主体となるために

2021年、日本におけるCOVID-19ワクチン接種の遅れが批判されましたが、その背景には、先進国が優先的にワクチンを接種するという前提がありました。南アフリカとインドは、WHOに対してCOVID-19に関する知的財産権の放棄を提案しましたが、一部の国々が反対しています。アフリカが感染症対策の主体となるためには、構造的な問題に対応し、アフリカへの物差しを変える必要があります。

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文字起こし

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0:11 はい、では、えっと、グローバルサスト フィールドワークの第6回の授業を始め たいと思います 。すいません 。まず、あの、えっと、申し訳ありません 。えっと、急遽ですね、えっと、 オデマンドという形にさせていただきまし た。さ、ちょっと、あの、今日もごほごほ して、あの、聞きづらいかもしれないん ですけど、ちょっとあの、席が咳を伴う風 がちょっとひどくて、あの、あんまりごの あれかなと思って、あの、風流行ってます し、あの、ちょっとこういう形でやらせて いただきました。あの、あの、連絡が ちょっと直前になっちゃったんですけれど も、えっと、それでご迷惑をかけた方が いらっしゃいましたら、えっと、申し訳 ないなかったです。で、えっと、今日、

1:00 えっと、もう土曜日というか、え、土曜日 の夜というか、日曜日のあの、朝なんです けど、えっと 、え 、配信するという形で、えっと、ですので リアクションペーパーは、えっと、6月の 7日の日曜日、え、12、えっと、までに 提出、え、をお願いできればという風に、 ま、1週間あると、1週間以内に提出をお 願いしますと、ええ、いうことでよろしく お願いします。で、えっとそこにも書いて ありますように、えっと、今日扱うのは ようこそアフリカ世界へ、え、の本の、 えっと、第9章感染症の内容になります。 で、いつもは、あの、えっと、 リアクションペーパーに対する、えっと、 あの、応答レスポンスというところから

1:47 授業始めてますけど、えっと、それについ ては次回の授業でまとめてという形で、 えっと、今日はさせていただければと思い ます。はい。えっと、では早速内容に入り ますけれども、えっと、2020年4月 ですね、えっと、フランス、えっと、ま、 もう、えっと、コロナが、え、流行して いる、え、時ですけれども、うんと、 フランスのテレビ番組に出演した医師たち がですね、えっと、このように述べました 。アフリカにはマスクがなくて治療手段も 集中室もないんだと。だから、え、コビ 19の、えっと、研究に関するワクチンの 臨床試験はアフリカで行うべきだと、ま、 このように述べました。で、当然のように ですね、この発言は世界中から避難を受け ました。 えっと、WHOですね、世界保険機関、

2:33 機構機関の、え、テトロス事務局長、この 方は、えっと、アフリカのエチオピア出身 の方ですけれども、え、は、え、ま、こう した、えっと、発言対して非常に、えっと 、すぐさま、え、レスポンスを取りですね 、この発言は、えっと、予防も治療もでき ない化を実験室と見なす、ラボラテリーと 見なすものであり、植民地主義の残りだと して通列に批判しました。で、え、問題は ですね、なぜこのような、ま、ある種、 うーん 、ま、入るにかけた発言が、ま、平然と なされてしまったのかと、え、いうこと です。なぜアフリカではこの意思の発言に 見られるように未だに適切な資料サービス

3:21 が提供されず、え、感染症が前いると、ま 、そのように語られているのでしょうかと 、 え、いうことです。で、えっと、もう ちょっと深く考えてみると、この差別的な 発言をした医者たちにとってアフリカは 感染症に対処できず先進国に支援される だけの虐待、え、その対象なのであって 感染症対策を推進するような死体では 決してありませんでした。えっと、で、皆 さんの多くもそのようにアフリカのことを 考えている、え、イメージされていると 思います。え、しかしですね、本当に、え 、ここで立ち止まって考えるべきは、え、 本当にアフリカは感染症の問題に自ら 立ち向かうことができないのでしょうか? え、という、え、問員になります

4:11 。はい。えっと、ま、そもそもです、 立ち止まってみて、感染症何なのでしょう かと。で、感染症とは微生物ですね。ここ ではウイルスは最近、え、規制中などを 指しますが、これが体の中に入り込み、 増殖することによって引き起こされる病気 のことです。で、微生物の多くは上材金と して消化を助けるなど、ま、え、体にとっ て大事な働き を、え、しており、ま、一概に悪くとは 言えます。しかし一部の微生物は病体とし て体に、え、描いを及ぶします。ま、これ は、えっと、一般常識的なあの話かと思い ます。で、えっと、感染症の特徴の1つは ですね、病原体の新入を受けた、え、人、 え、の病原体が別の人に電波してしまうと

4:58 いう点にあります。例えばコロナを 引き起こす、え、コロナウイルスは、えっ と、被末感染ですね。つまり感染者が石約 写みをした際に病原対応が含まれた水しき 、ま、秘末ですね。これを近くの人が 吸い込むことで広がるとされてます。また マラリアを引き起こすマラリア原中は 天らかというがいるんですけれども、 えっと、ま、これを中間縮と言いますか、 これが、え、吸結して人から人へ運搬する ことで感染が広がっていきます 。で、今日のアフリカで問題となっている 感染症のうち、最も広く知られているのが HIVエイズ、え、とマラリア、そして 結格です。で、これらは、え、しばし3大

5:44 感染症と呼ばれます。で、このうち マレリアと結構は長い歴史を持ちます。 人間の歴史、え、人類の歴史を紐解いてみ ても、ま、古からその存在は確認されて おります。で、これに対してHIVAは 進行感染症と呼ばれる新しく流行が確認さ れた感染症です。で、HIVは1980年 代にアメリカで初めて報告され、その後 アフリカで爆発的な感染拡大を引き起こし ました 。で、ま、これらについては、あの、ま、 えっと、ご存知の方、えっと、多いかと 思いますけれども、え、これらと、ま、 対象的にですね、国際社会で十分に認知さ れてない、ま、十分に注止されてこなかっ た、え、感染症もあります。で、これらは

6:31 、え、しばしは変り見られない、え、熱帯 病と、え、呼ばれます。で、えっと、ま、 およそ2020、20個ほどその カテゴリーに賜まる病気があります。ま、 その一例として、えっと、ま、これも広く 知られているのがアフリカ眠り病という、 アフリカトリパの相マ症という、え、病気 です。感染症です。これは振り方のみ感染 確認される感染症でほとんどは設売えの 吸血により感染します。え、治療が行われ ない場合中水神経系が犯され完水状態に なり、え、陥りしに至ります 。では、えっと、これらの感染症に対して 、アフリカでは植民地域から1980年代

7:18 までどのように人々は対処してきたの でしょうか?え、一般的にですね、 アフリカではヨーロッパが進出する以前、 え、ですね、えっと、え、は、えっと、 自然と人間のエコシステムがある程度 うまく機能していたと考えられています。 例えば、え、交通の打ちずしい発展、え、 農業開発、人口密の増大といった理由で 感染症が爆発的に流行することはありませ んでした。しかしヨーロッパがアフリカで 支配を確立するようになると、ま、これは えっと19世紀末以降のことですけれども 、え、その過程で感染症の流行が 引き起こされました。例えばウガンダです ね、19世紀末のウガンダでは労働力確保 のためにアフリカの人々は、えっと、

8:06 アフリカ人専用の居住区が設けられ、そこ に住むこと、えー、を強いられました。で 、つまり、えっと、これは民族、え、に よって、えっと、区分されたものであって 、えっと、ま、他の授業でも他の会でも 扱いましたけれども、アフリカの人々の、 えっと、移動と居住というのは、ま、非常 にあの、流動性に飛んだ、え、移動性の 高いものであったわけですけれども、それ を分断する形でですね、えっと、人々の 生活はあの、再変されてしまいまし その結果何が起こったかというと、ま、 人間と森、ま、森林、そして、え、野生 洞窟の間にあったエコシステムが破壊され ました。え、これによって、えっと、絶売

8:54 、え、が生息し、ま、汚染する地、ま、ま 、それによって汚染される地域が拡大し ました 。で、それと共にアフリカ眠り病が、え、 流行することになります。ま、このような ですね、えっと、植民地政府による介入の 結果はヨーロッパが植民地を本格化させる 1890年代から1930年代までの数十 年間の間は、え、ある者によるとアフリカ 市場最も福代、え、と、ま、呼ばれる、え 、ほど、ま、いろんな病気が、え、その、 ま、え、支配に伴う様々な会議の結果とし ていろんな感染症が、ま、流行し、ま、 それに対して、えっと、脆弱な人々が、ま

9:39 、え、健康を犯化されたり、あるいは命を 失うという時代、え、になりました 。で、このような状況が変化したのが 1900、あ、あの、19世、あ、20 世紀中頃のことです。えっと、第2次世界 大戦が集結した後の1949年ですね、 アメリカの、え、トルーマン大統領、あ、 トルーマン、え、は、え、大統領に、え、 就任した演説の中で低開発地域ですね、 アンダーデプメントcountry、え、 え、での開発の必要性を訴えました。で、 この演説以降アフリカは総国に支配される 対象としての植民地ではなく、え、支援 申告や国際機関により開発される対象とし

10:24 ての、ま、開発訴地域となりました。では ですね、ま、しばしはこの時代っていうの は開発の時代と、え、1900、ああ、 50年代、え、以降の時代、え、は開発の 時代と呼ばれますけれども、アフリカで 感染症対策か対策はどのように進められた のでしょうかと。え、で、いくつかの、 えっと、プロジェクトがこの時期に実施さ れるわけなんですけれども、え、そのうち 代表的なものの1つが1950年代から 1960年代にかけて実施されたマラリア 混絶計画です。で、この計画では です内でデ産することによってマラリアを 売介する浜だらかを駆除することが目指さ れました。で、結果的にですね、この計画

11:13 はあまりうまくいかなかったと。住民が DDTの散婦に抵抗したりですにでしたり ですね。あるいは蚊がDDTや薬剤への 体制を獲得したためアフリカの各地で、ま 、うまくいった地域もあったんですけれど も、各地で計画は失敗に終わりました。ま 、かと言ってこの、えっと、大規模な、 えっと、ですね、 え、資金が閉じられたこの計画を全くの うんと無駄だったかというと、ま、そう いうわけではなく、ま、計画自体は失敗し たものの、ま、つまりそのマラリアを混絶 するという目標を達成することはでき なかったものの、この時期に整備された ですね、公衆衛生の環境ですね、母子保険 の強化やワクチン摂取などの体制について は肯定的、ま、その後、ま、えと

11:58 、ま、その後、ま、えっと、この地域で、 えっと、有要な役割を果たしたという、ま 、肯定的な評価もなされています 。また、えっと、この開発の時代、え、の もう1つの出来事として、えっと、 1978年ですね、WHOとイニセフに よってプライマリーヘルツケアが提唱され ました。で、これは、え、トップダウン型 のマラリア混絶計画と対象的なオトマ型の アプローチと言えます。で、これはですね 、全ての人々に健康をスローガンとし、 様々な感染症を含む保険医療に関する横断 的な課題に対応するものでした 。例えば、え、保険、え、健康教育だとか

12:47 、え、食料と栄養の確保だとか、え、水と 衛生の管理、え、保守保険、予防摂取など をコミュニティ住民の積極的な参加に 基づいて推進することが目指されました。 しかし、え、1970年代、ま、この プライマリーヘースケアが、えっと、ま、 導入された時期というのは、えっと、 オイルショックによる世界的な景気が、 えっと、低明し、え、ま、その影響でです ね、感染症対策も低明した時期でもあり ました。ですから、ま、この、えっと、 プライマリーヘースケアの概念、え、ま、 考え方自体は重要なんですけれども、それ が、ま、根付くというところまでは、え、 なかなか難しかったと、え、言えます。 このようにですね、開発の時代における アフリカ諸国では公衆衛生や感染症に

13:34 関する問題が取り組まれたものの、え、 順調に解決に導かれたと、え、いうわけに はいきませんでした。そしてグローバル化 が加速する1990年代以降ですね、 アフリカの感染症を巡る状況はさらに複雑 化していくことになりました 。で、えっと、じゃあ1990年代以降 っていうのは現在に至るまでどういう、え 、状況なのかというと、ま、この時期この 数十年間、え、30年ほどの、え、期間の 感染症対策の特徴はグローバルヘスという 言葉を用いて検討されることが多いです。 で、グローバルヘストは何そやということ

14:20 なんですけど、まず、ま、ポイントは2つ あって、1つは公衆衛生の課題が国家だけ ではなく、NGO企業など様々なアクター が、えっと、ま、とか財団とかですね、ま 、が、え、協力して対処することです。 もう1つが医薬品や医療技術あるいは知識 が表示商品化され、グローバル市場で取引 されること。ま、この2つです。そして グローバルヘルス時代における、え、代表 的な公衆衛生の課題がマラリアとHRVの 2つとなります 。で、マラリアについては先ほど、え、 言及しましたけれども、マラリアの混絶 計画にのが失敗して以降、ま、マラリア 対策はしばらくの間停滞していたんです けれども、1980年代から再び客を浴び

15:05 ました。で、1998年にはですね、先進 国、WHO、UNIセフ、世界銀行などが 連携してロバックマナリア、え、イニシと 呼ばれるイニシアティブを開始します。で 、このイニシアティブに基づいてですね、 検査キットによる早期診断や適切な治療薬 による確実な治療、火を用いた予防といっ た、え、予防といった指針と幕体的な数値 目標が示されました。さらにこのロール バックマラリアを投資したの、財政的な 投資したのが世界エズ、え、結マラリア 対策基金です。この基金は、え、WHOに 、え、事務局が置く国際機関です。で、ま 、えっと、で、その基金によって、ま、 いろんなプロジェクトが可能になったわけ

15:52 なんですけれども、ま、こうした国際社会 による動力の結果、ま、例数は2000年 の、え、73万、え、6000人から、 えっと、2019年、え、20年後ですね には、え、40万9000人まで減少し ました 。はい。で、マラリアについてはじゃ、 そういう感じで、ま、えっと、徐々に携帯 から、ま、改善へという風に、え、状況が 、え、上向いてるわけですけれど、HIV についてはどうかと言うと、HIVは、 えっと、1980年代からアフリカで流行 し始めました。特に ナンバーフリーカ失礼しました。え、特に

16:38 南部アフリカでの感染の拡大が、えっと、 れており、2003年の水計値によれば 成人の、え、HIVの率はSワティ、え、 という国で、ま、38.8%、仏で 37.3%、そして南アフリカで 21.5%でした 。HVの治療には複説できる人の数は 2020年の時点で、え、約、え、 2740万人、え、いるとされており、 これは、えっと、HIVと共に生きる人々 、ピ、え、Peopleliving withHIV、え 、ま、いわゆる感染してる人、人、え、が 、ま、およそこの時点で3760万人、え

17:26 、いたわけですけど、このうちの73%に ああります。で、えっと、こう、この数字 は、えっと、極めて、えっと、 え、この、えっと、数十年の間に、え、 改善しつつあるもので、えっと、つまり 2000年の時点でこの数字を見てみると 、え、治療にアクセスできていた人の数は 56万人に過ぎず、これはHIVと共もに 生きる人々のうち、わずか2%に過ぎ なかったと。え、この20年でですから、 えっと、劇的に状況が改善、え、したわけ です。では、じゃあ2000年の時点で ですね、なぜ2%の、え、人々しか治療、 え、にアクセスできなかったのかと、え 、言うと、その背景としてはですね、

18:13 HIVの治療薬には特許権があるために、 え、治療薬は高額の、ま、ままであり、他 の企業が無断でジェネリック薬を、えっと 、製造できないという、ま、そういう状況 がありました。その結果として欧米の制約 企業の膨大な利益が守られ、HIVAZと 共に生きる人々が治療にアクセスできず なくってしまう時代となっていました 。で、この状況を改善する、え、ま、 変えるためにですね、HIVと共もに 生きる人々や彼らを支援する、え、NGO が連携して全世界で、え、大規模な運動を 展開しました。で、その結果2001年に 、ま、同派で開催されたWHOの閣僚会議 でいわゆる同宣言が採択されます。で、 それによって各国政府は公衆衛生上の緊急

19:00 事態において国家が国権者の、えっと許可 なしに当該特許を使用する権限の行使が られないと、え、するルールが決められ ました。ま、ですからその、えっと、 HIVのような、えっと、極めて、えっと 、まか、えっと、ま、HVの流行のような 、ま、マージェントな事態においては国家 が、えっと、その、え、治療薬の、え、 特許持ってる、え、企業の許可を、ま、 取ることなく、ま、その ジェネリック、え、を生産し、えっと、ま 、対策をするということが、ま、認められ

19:48 たわけです。で、この宣言をきっかけとし てHIV対策は大きく進展しました。 例えば2006年には子供向けのエイズ 治療薬やvia体制が問題となっていた結 の治療薬などを安定的に供給するために ユニットエイドが創設されました。で、 HIVを巡っては指的財産権の保護により 恩恵を預かる制約企業と命をかけて戦う、 え、HIVと共もに生きる人々とが対立 する構造が見られました。で、HIVの 治療へのアクセスについては依前として 問題が、ま、山積みという状況です。 しかし、HIVと共もに生きる人々による 強力な運動が、え、今日の治療アクセスを 巡る状況の改善に貢献したことを、ま、

20:36 ここで確認しておくのは、ま、極めて重要 なことです。ま、その結果、え、さっき 述べたように、えっと、2000年の時点 ではHIVと共もに生きる人々のうち2% に過ぎなかった、え、治療にアクセスでき ていた人の割合が73%まで、え、上昇し ているということです。 ではこのような感染症対策の歴史を持つ アフリカはですね、この近年の、え、 アコビッド19の流行時にどのように対策 したのでしょうか 。で、ま、一般的にですね、アフリカは 医療システムの基盤が脆弱で、また医療 資源が限られています。例えば病数、え、 基礎的な薬品、医療人材あるいは保険財政

21:23 などいずれをっても不十分です。そのため アフリカではコビト19の、え、流行に より甚大な被害が及ぶと予測されていまし た。えっと、しかしですね、実際の数と いうのは予想中は大幅に下回りました。で は、ではなぜですね、大幅の予想に反して アフリカではコビッドid19対策が うまくいったのでしょうか。で、多くこれ について、ま、多くの議論があるわけです けれども、ま、そのうちの有力な説明と いうのが、アフリカは感染症対策に達する 関する膨大な経験を有しているという、え 、ま、そういう説明になります。以降その 例としてナイジェリアにおける ポリオインフラ、え、ポリオ インフラストラクチャーをエブラウイルス 、え、病の経験を中心に検討していきます

22:08 。 えっと、ポリオは、ま、アフリカで旅々 流行した、ま、極めて、え、感染性の強い 、え、病気ですけれども、これは、えっと 、ナイジリアを最後に2020年に アフリカで制圧が完了し、世界から混絶さ れるまであと少しという状況です。しかし それが存在する限り私たちはポリを再び 流行させないためにはワクチンを打ち続け なければなりません。で、ワクチンを全て の子供に打つのは、ま、非常に大変なこと です。折り分け住民が整備されておらず、 どこに誰が何に住んでいるのか、え、が 十分に分からない。ま、振りカのような 状況ではなおさらです。で、こうした事態 に対応するためにナジリアの人々と国際

22:55 社会が協力して作り上げたのがホリオ インフラクストラクチャーです 。ここで活躍するのはコミュニティレベル で開始されるのヘルスワーカーの人々です 。で、彼ら彼女たちは毎年複数会を行わ れるワクチン摂取キャンペーンの際に対象 地区に分れて自分たちで作成した地図をも に1件ずつ家を守り回りワクチン摂取を 呼びかけます。ここで重要なのはヘルス ワーカーの人たちがその場で子供の人数の 増減を確認したりワクチンよりも生活水が 欲しいといったニーズを聞いたりまという ま必ずしもその えっとうんとワクチン摂取えのみ えをやってるわけじゃないとま様々な件を

23:42 受けたりというです ね以外のワクチンの説明を行ったりすると えまそういったいろんなことをやったり、 え、しているわけです。さらにそうして家 へを回って、え、得られる情報は地方政府 あるいは収油政府を経て連邦政府レベルで も集約されます。さらにこの集約情報が 集約された結果、ワクチン接取を拒否する 人々が多い地域コミュニティに対しては 地方政府の差や宗教指導者が直接説得に 思き、場合によっては周知時自らが直接で 向いて交渉します。この取り組みは保険所 のみならずUNISF、WHO、 ロータリー対談などの様々なアプターが 協力して、え、実施しています。で、 Cコovid19の対応に、え、際しては

24:27 特に感染者の非接触、え、感染者の接触者 の追跡と、え、検査適切な情報提供の場面 で、え、このホリオ インフラストラクチャーが、え、活用され ました。これは同じ地域で同じ言語宗教 文化を共有するヘルスワーカーが長年の 経験を通して獲得してきた信頼と実践の 蓄積があるからこそ可能となったと、え、 言えるわけです 。で、ポリオについては、ま、ま、ま、 そのような、え、感じで、えっと 、次第にポリオに対策するうちに、えっと 、そのポリ以外の感染症に対処するための インフラが整備されていったということな

25:14 んですけど、エブラはじゃどうかと言うと 、えっと、エボラウス病はですね、え、 1976年、え、にスダ南部で、そして その2ヶ月後には今度はイルですね。現在 の今後民主共和国で世界で初めて流行が悪 された感染症です 。それ以降アフリカでは毎年のように流行 してきました。エバラウイルス病は極めて 高い知識率と感染力を持つ感染症である もののワクチンや治療ななどの開発は行わ れず変えられない熱帯病の1つとされてい ます。しかし1900あ、2013年から 、え、西アフリカのギニアやリベリア シラルドのでかつてない大規模な流行が 起こりました。で、この時の感染者数は、

26:00 ま、えっと、全部ひっくりてですね、これ 以外の地域、ヨーロッパも含めてこれ以外 の地域でも感染者が広まったわけなんです けど、えっと、ま、それ合わせて2万、え 、8610人、え、列車数は1万138人 に及びました。 で、この時のですね、エバロウイルス病の 流行の経験はですね、コビッドid19の 対応に様々な形で生かされました。例えば エボラウス病の感染集結後の2016年 ですね、アフリカ失平、え、予防管理 センターが設置されました。このセンター はcovid-19を含めてアフリカ全体 における感染症流行を巡る情報収集と発信 。としてアフリカ各国への、え、迅速の

26:46 支援あるいはワクチンを含む、え、式材の 調達などにかける役割を担っています。 もちろん、えっと 、え、コロナ旅行した時にはこのセンター が、ま、非常に重要な役割を果たしました 。はい。で、ま、以上ここまでですね。 えっと、植民地時代から、ま、え、コロナ の時期までですね、えっと、感染症が、ま 、どのように、え、流行し、ま、それに 対する対策がどう整備されてきたのかと いう話をしてきましたが、ま、ここで、 えっと、冒頭に、え、上げた問ですね、 アフリカは感染症対策の虐待ではなく、ま

27:31 、主体あるいは主役になれないのかという 問に立ち戻りたいと思います。 で、2021年の所にですね、日本におけ るcovid-19予防のためのワクチン 摂取は、ま、皆さんも覚えておられるかも しれませんが、他の先進諸国と比べて 明らかに遅れていました。それについて 多くのメディアが日本政府の対応を ワクチン更新国という言葉を用いて避難し ました。日本はつまりワクチン更新国に なりがなり下がったんだという、ま、そう いう論長です 。この議論の前提にはワクチンを最も進ん だ国や地域の人々がまず摂取し、最も遅れ た国の人々が最後に摂取するのが当然だと いう前提があります。そしてまさにこの

28:19 前提通り201121年1月の エコノミスト市による世界のワクチン摂取 の将来予測ではアメリカのヨーロッパ諸国 の多くが2021年の、え、末まで日本は 翌年の前半までに摂取を終えるのに対して アフリカ大陸の大半の国々は2023年 以降になると、え、されました。 冒頭で述べたように感染症は社会が強調し て対処しなければならない問題のはずです 。しかしこの、え、論接にあるように何の お互いもなくですね、しばしばアフリカは 後回しされ、え、先進国の支援の対象とし て位続けられているのが現状です 。ま、このような事態に対してですね、 2020年10月に、え、南アフリカと

29:08 インドがWHOに対してOBと19の流行 が収束するまでの間、それに関わる知的 財産権の法規を求める提案を行いました。 この提案に関しては全てのアフリカ諸国を 含む途上国に加え、多くの制約企業を、ま 、国内に有するアメリカも賛成していまし たが、 ヨーロッパなど一部の国々が反対して、え 、います。もしこれが実現されすればです ね、アフリカがコビド19に関する検査、 治療、予防に関わる製品や医薬品などを 製造する可能性が開かれます。逆に言えば 知的財産権があるがゆえに 例えばファイザーが開発したワクチンを別 の企業が製造することはその居宅がない

29:54 限り、え、できない状況です。知的財政権 を保用する欧米のグローバル制約企業は 知産は研究開発における投資促進や イノベーションにおいて、え、必要不可欠 であり、また設備のや現在の調達あるいは 各国の薬規制などの技術的な問題が膨大に あると指摘してこの提案に反対しています 。 ま、改めてですね、えっと、強調しておく とな、ま、ここで重要なとなぜですね、 じゃあアフリ川が、え、主役虐待ではなく 感染症対策の対策の主役となって対策の ための検査、治療予防を推進していくこと ができないのでしょうかという、え、もの です。確かにアフリカには感染症対策を

30:42 巡る大きなも、多くの問題があります。 しかし、え、本省で議論したように アフリカは自ら感染症対策を放棄し、え、 受け身にしているのではなく、アフリカが 常に感染症対策の受け手の立場に遅れて しまう構造的な問題が背景にあります。 こうした問題に対応し、アフリカが私たち がですね、アフリカへの物差しを変えない 限り、アフリカが感染症対応の、え、主役 になることは、ま、難しいのではないかと 、え、言えます。ま、このような問題定義 も可能だということです 。はい。えっと 、ま、今日は、えっと、そのようこそ 振り替えの第9章の内容を、ま、ほぼ

31:29 なぞる形で、えっと、まとめましたけれど も、あの、ま、飛ばし飛ばし、あの、なっ てるところもあって、えっと、他にあの、 あの、触れている論点とか、え、ケース 事例の話とかあったりするので、また興味 ある方は見ていただけ、待ていて いただければと思います。はい。えっと、 ま、質問とかもあの、あれなので、また、 えっと、内容についてですね、えっと、 質問なりコメント、あ 、区め、え、リアクションペーパーの提出 の方よろしくお願いします。はい、では これで終わります。

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