日本の名作を読む 第9講 1 百人一首

簡単なまとめ

この動画では、『百人一首』を取り上げ、特に恋の歌に焦点を当てて、和歌の世界を深く掘り下げています。藤原定家が編纂した『百人一首』の文学史的な背景、選ばれた歌人の意図、そして和歌に込められたテクニックを解説します。 具体的には、平兼盛と壬生忠見の「忍恋」をテーマにした歌を詳細に分析し、それぞれの歌に用いられた倒置法や係り結びといった技法、そして歌に込められた感情や情景を解説します。

  • 『百人一首』の文学史的背景と藤原定家の役割
  • 平兼盛と壬生忠見の「忍恋」の歌の比較分析
  • 和歌に込められたテクニック(倒置法、係り結びなど)の解説

導入

これまでの授業で様々な和歌を読んできた経験を踏まえ、今回は『百人一首』を通じて和歌の世界を深く探求します。視聴者からのコメントで和歌の面白さやテクニックへの関心が高いことを受け、有名な『百人一首』を取り上げ、その魅力を解説します。

『百人一首』の文学史

『百人一首』は鎌倉時代に成立した和歌集であり、藤原定家が撰者です。百人の歌人の和歌を一首ずつ集めたアンソロジーで、定家が息子の舅の依頼で小倉山荘を飾る色紙として選んだものが原型とされています。定家は父も歌人であり、自身も勅撰和歌集の撰者を務めるなど、和歌の才能に恵まれた人物です。古典の書写や校訂にも携わり、日本の古典文学の保存に大きく貢献しました。内容は飛鳥時代の天智天皇から鎌倉時代の後鳥羽院・順徳院まで、幅広い時代の歌を集めています。

『百人一首』の謎

『百人一首』の選歌や配列には、定家の意図や当時の政治背景が反映されているという説があり、様々な解釈が存在します。特に、飛鳥時代の国家体制を築いた天智天皇・持統天皇から、鎌倉幕府倒幕を企てた後鳥羽院・順徳院へと続く流れには、定家の想いが込められているのではないかという議論があります。歴史に興味がある人は、このような視点から『百人一首』を読み解くのも面白いでしょう。

恋の歌の読み解き

『百人一首』には恋の歌が多く、百首中四十三首が恋の歌です。今回は、その中から「忍恋」をテーマにした平兼盛と壬生忠見の歌を取り上げます。これらの歌は、村上天皇の時代に歌合で優劣を競ったもので、どちらが優れているかで議論が分かれました。歌合とは、歌人たちが左右に分かれて歌を詠み、その優劣を判定する歌のバトルです。

平兼盛の歌の分析

平兼盛の歌「忍ぶれど 色に出でにけり 我が恋は 物や思ふと 人の問ふまで」は、忍んでいる恋心が顔に出てしまい、人に「物思いをしているのか」と尋ねられるほどになっている様子を詠んでいます。「にけり」という完了の助動詞を使うことで、自分の意志とは関係なく恋心が表に出てしまったというニュアンスを表現しています。また、「物や思ふと人の問ふまで」という会話を引用することで、歌にリアルな感情を加えています。倒置法を使うことで、「何が出たのか」という読者の興味を引きつけ、後から「恋」というテーマを提示するテクニックも使われています。

壬生忠見の歌の分析

壬生忠見の歌「恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか」は、恋をしているという噂が早くも立ってしまったことを嘆いています。「にけり」という助動詞で、予期せぬ事態への驚きを表し、「こそ」という係助詞で「人知れず」を強調し、誰にも知られずに恋心を抱き始めたばかりなのに、噂が立ってしまったという状況を表現しています。この歌も倒置法を用いており、テクニック的には兼盛の歌と共通点があります。

歌の比較とエピソード

兼盛の歌と忠見の歌は、どちらも「忍恋」をテーマにしていますが、忠見の歌は、まだ恋と自覚する前の段階で噂が立ってしまったという点が異なります。村上天皇の歌合では、天皇が兼盛の歌を口にしたことがきっかけで、兼盛の歌が勝利しました。敗れた忠見はショックで食事ができなくなり、その後亡くなってしまったというエピソードが残っています。

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文字起こし

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0:00 はい、こんにちは、今日はですね 『百人一首』をやっていきたいと思います 今までも、この授業の中で 色んな和歌というものを一緒に読んできましたよね まずは、その歌の原型という「あなにやし」のね あそこから始まって、『伊勢物語』の歌も読みました あと『土佐日記』のね 子供を亡くした悲しみを読んだ和歌というのも読んだし 『蜻蛉日記』ではですね 夫の浮気への当てつけみたいなそういう和歌とか 生々しい気持ちを詠んだ歌というのも読んできました 色んな歌を読んできた訳ですけれども 今日はちょっと「歌」というね 和歌ということを集中してね、やってみたいと思います 皆さんのコメントなんかを見ていてもですね

0:45 和歌というのは とてもこう凝縮した表現の中に 色んなねテクニックを使っていて そのテクニックすごいねとかね こういう風にやっぱり自分の気持ちを詠むものなんだなとか 「和歌って面白いな!」という コメントをしばしばいただきましたのでね 今日は、その和歌の世界を 皆さんで堪能してみたいという風に思います それでね、日本ではこの有名な『百人一首』を 取り上げようと思うんですけれども お正月にかるた大会をしたりとか、学校で覚えさせられたりとか いう人も多いのではないでしょうか 有名なね、和歌を中心に取り上げてみたいと思っています まずは文学史的な知識をね、押さえていきましょう ジャンルは和歌はよろしいですね 成立したのは鎌倉時代、中世ということになります

1:34 今まで中古だったけれども、これは中世に成立しているんですね 選んだのは藤原定家という人が選びました、撰者ですね ポイントとしては、百人の歌人の和歌ですね 百人の色んな歌人の和歌を一首ずつ集めたと そういう風に集めて編んだものということで アンソロジーということになる訳ですね それで、これはどういう経緯で こういうものを作ることになったのかということですね 色々考え方とか説はあるんですけれども 大まかなこととしては、藤原定家が息子の舅の依頼によって 京都の小倉山荘を飾る色紙として選んだもの

2:19 それが『百人一首』の原型になったという風に言われています 小倉山荘を飾る色紙ですので 『小倉百人一首』なんていう風にも呼ばれるということですね 定家という人はどういう人かと言うと お父さんの藤原俊成という人ですけれども この人も『千載和歌集』という勅撰集ですね 天皇の命令で編んだ編纂した、和歌集の撰者ということですから もうお父さんも凄い歌人ということで だから和歌のお家みたいなね 血脈というものを継いでいる人になる訳です 定家自身は『新古今和歌集』『新勅撰和歌集』の撰者を務める ということですから 勅撰集の撰というものも、手がけているんですね

3:06 ですから、非常にその和歌においては才能といいますかね 能力というものが認められた人物ということです 他にも定家という人は『詠歌之大概』とか『毎月抄』という これは歌論書、和歌についての評論ですね そういった本も書いています 和歌について論じることが出来るほどということですから 和歌に非常に深く、造詣が深かったということも分かりますよね その他ですね 古典の書写、校訂にも携わるということで 藤原定家という人は私達が今読んでいる古典ですね これに物凄く貢献している人なんですよね 『百人一首』も選んでいるし、そしてこの古典の書写校訂という

3:53 これは非常に大きなお仕事ですね 今みたいに本は印刷しませんでしょう、この時代は 写す、書き写すということで伝わってきているんですよね 平安時代の大事な文学作品ですね『伊勢物語』とか『土佐日記』とか そういう大事な文学作品を、この定家という人は ちゃんと後に残さなくてはいけないということで 本をきちんと写しているんですね そういうことをしている人がいるから 私達が今読めているということになりますから この定家という人は非常に大きなお仕事をした人なんですね さあ、内容です 飛鳥時代の天智天皇・持統天皇から 鎌倉時代の後鳥羽院・順徳院まで、幅広く秀歌を集めると

4:41 ですから、これは鎌倉時代に成立していますけれども 鎌倉時代の、当代の作者だけを集めたアンソロジーというのではなくて 非常に時代的に幅広い訳ですよね 飛鳥時代から今(鎌倉時代)までということですから 非常に幅広い時代の人物達、その中でも優れた名歌だなという風に 定家が判断したものを集めたということになります この天智天皇からですね、後鳥羽院・順徳院まで この選んだ人物であると どの歌を選んだとかいうところで この『百人一首』の謎的なね 『百人一首』に定家はどんな想いを込めたのかとか 当時の政治背景を踏まえてですね

5:28 この配列にはこんな意味があるのではないかとかですね もう色んな論がなされています 色んな読み解きというのがなされていますから そういう、ちょっとミステリーな部分に興味がある人は そういう本をお読みになってみると ああ、この並びでこの人達が並んでいるのはこういう意味があるのね みたいなね、そういう読み解きをしている本もたくさんあります どうしてそう思われるかというと 飛鳥時代の天智天皇と持統天皇というのはこれは 天皇によって国家体制を築き上げた、最初になるんですね 最初の天皇になります

6:27 国家体制を築いた、最初の天皇である天智天皇と持統天皇という そういう国家ということを意識した天皇から始まっている訳ですね そして最後がこの後鳥羽院と順徳院なんですけれども 後鳥羽院はですね、この承久の乱というのを 日本史で学んでいると思いますが、覚えているかな これは鎌倉幕府をね、倒そうという風に目論んだんですね 後鳥羽院がですね、それで試みたんだけれども、失敗してしまって 後鳥羽院という人は隠岐に流されてしまうんですね

7:26 隠岐に流された、というちょっと不遇の方なんですね その後続く、この順徳院というのは、この後鳥羽院の息子なんですね お父さんがそういう風にちょっとね 隠岐に流されてしまいましたから、その時 この息子もお父さんの計画に関わったということで 佐渡に流されるんですね という人達で終わっているということで 何か、後鳥羽院に対する想いみたいなものが

8:12 定家にあったのではないかとかね そういうところも加えてですね 何か読み解きというのが色々されていますので 歴史に興味がある人なんかはそういう面でね そういう目で『百人一首』を見てみるというのも面白いかもしれませんね さあ、今日はちょっとそこのお話ではなくて 和歌の読み方が中心ですから 和歌をね、読み解いていきたいと思います どういう和歌を扱うかと申しますとね 『百人一首』は百首の和歌なんですけれども、その中でですね 和歌を詠む時は色んな和歌を詠みますよね 旅の歌とか、四季の風物を詠んだりとか 色んなきっかけで人は和歌を作ると思うんですけれども 『百人一首』の中には圧倒的に恋の歌が多いんですね

9:02 百首のうち四十三首が恋の歌、半分近くですよね 半分近くが、4割だけれどね、恋の歌ということで 非常にボリュームが大きいと、人間の心が動く そして歌にしたい、言葉にしたいという、一つのきっかけとして 何かに恋焦がれるということがあるのかもしれませんね ということで、恋の歌を中心に読んでみたいなという風に思います まず1つ目が「忍恋」を詠んだ歌です ちょっと先に読んで見ましょうね 「忍ぶれど 色に出でにけり 我が恋は 物や思ふと 人の問ふまで」 という平兼盛の歌、40番の和歌です

9:50 もう一つが 「恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか」 という壬生忠見の歌、この2つの歌をね、まず読んでみたいと思う というのは、この40番と41番の歌というのは 実はその詠んだ当時ですね どっちが上手い?ということをですね、競い合った和歌なんですね ちょっとエピソード、村上天皇の天徳四年(960年)の三月 内裏の歌合で優劣を競った二首と 歌合というのは歌人達がですね 左グループと右グループに分かれて それぞれ歌を詠み、出し合う訳ですね どっちの歌が上手い?ということを優劣を判定するという

10:38 歌を戦わせる、歌バトルと言ったらいいんでしょうか そういうようなものですね、そういうことをやった訳なんですね そういう時にどっちが上手い?ということで 非常に揉めた和歌だそうですね これは「忍恋」の題を詠んだ「題詠歌」と 歌の詠み方というのは、今までは何か自分に起こった出来事ですよね 何かが起こって、それに対して自分がどう感じたかということを 素直に想いを言葉にするのが和歌だ、というパターンで 色んなね、人の和歌を読んできましたけれども 他の詠み方として「題詠」というのはですね テーマ・お題が決められていて そのお題をどういう風に表現するかという、その表現力ですよね

11:26 そういうものを競い合うとか あるいは和歌の技術の向上のためには あるテーマで練習するとかね そういうお題を詠むという詠み方というのが もうこの村上天皇の頃にもされていて それで表現力とか内容をどういう風に表わしているか 上手く表せているかとか、調べはどっちがいいかとか そういうことを比べ合うという、技術力ですね そういうものを比べ合うというようなことをしていた訳なんですね その時にお題として出されたのが「忍恋」というものであったと オープンにできない恋ですよね、忍んでいるということですから 隠している恋ということですね そういうものをテーマにして詠んだのが この2つの和歌なんですよということなんですね

12:15 さあ、ちょっとざっくりと、まず意味を取ってみましょうか 「忍恋」ですよね まず、兼盛さんの歌は 忍んでいるけれど、出てしまったよと言っていますね 色に出てしまったよ、表に出てしまったよ 顔色に出てしまったよ、か分からないけれど 外に出てしまったと、心の中に隠していた 忍ばせていた想いが、外に出てしまったよと 私の恋は「物思いしてんの?」と人が尋ねるまで、という これが兼盛さんの歌ですね 忠見さんの歌は 「恋すてふ」恋しているという 「わが名」私の名声とか評判ですね、私の評判は 「まだき」というのは早くもということだね 私の評判は、早くも、もう立ってしまったよ、ですね

13:04 あの人、恋しているらしいよという風にね 噂がもう立ってしまったよ 「人知れずこそ思ひそめしか」と 誰にも知られへんように、ということですね 「思ひそめ」初めていたのに、という これが忠見さんの歌 さあ、皆さんやったら、この兼盛さんと忠見さんと どっちが上手いという風に判定を出しますか? 旗あげるではないけれども 今日はちょっとそこら辺のところをね 課題で書いてもらおうかなと思っていますが どっちの歌が自分の心にぐっときますか? さあ、今はちょっとざっくり意味を取ったけれども やっぱりテクニックというかね もうちょっと細かく分析していってみましょうか まず兼盛さんの歌ですね

13:51 「忍ぶれど色に出でにけり」ということで まずこれがお題が「忍恋」ですから ここに「忍ぶれど」という言葉を使って 「忍恋」のことを詠み始めているんだよ という風に出している訳ですね 心に秘めているけれど、ということですね 「色に出でにけり」、ここに「にけり」というのを使っていますよね この「に」というのは文法的にいうと、完了の助動詞の「ぬ」と 「~てしまう」という風に訳す助動詞なんですね だから、何々してしまったと 心に秘めていたんだけれども、出てしまったということですね

14:38 ということは自分はね 心に秘めよう秘めようと、忍ばせよう忍ばせようとしている訳ですね それが自分の意志以外でぱっと出てしまったということですね 「~てしまう」というそういうニュアンスですよね 「あっ!」と思いもよらずにぱっと手が滑ってしまって コップが割れてしまったみたいな感じですよね 自分でそうしようと思っていないのに出てしまったよという そういう思いがけないニュアンス それがこの「ぬ」というね、「にけり」というところに 出ていると思うんですよね 自分の意思ではないんだよということですよね だからやっぱりね、この文法というのは皆さん 高校の時に覚えさせられた方は非常に苦労した

15:27 「な・に・ぬ・ぬる・ぬれ・ね」とか活用をいっぱい覚えて 大変だったところだと思うんだけれども やっぱり限られた文字数の、特に和歌なんかを読む時にはですね こういう微妙な助動詞とか助詞の使い方というのが すごく効果的なニュアンスをね、表現していたりするので ちょっと着目してあげると読みがね 一層深まってくるポイントなんですね 心に秘めているんだけれども、出てしまったよ、あれ?というね そういうニュアンスが出ている訳ですね それで、何が出てしまったのかなということですね 忍ばせていたけれども出てしまったよと 「ええ?何が出たの?」と皆思う訳ですね そうするとその後に、それは実は私の恋が出てしまったんだよ という風にテーマがここでくる訳ですね だからここで、本当だとこういうことだよね

16:14 私の恋は心に秘めていたけれども、出てしまったよという風になる訳だよね これで、実はこれ「倒置法」を使っている訳ですね 最初のところで、心に秘めていたものが出てしまったよと 「ええ?何々どうしたの?」と思わせておいて それはね私の恋が出てしまったんだよ、という風に後から出すというね そういうテクニックをご披露みたいなね テクニックを使っている訳ですね 出てしまったよと、ここでびっくりしている訳ですね その後、私の恋は出てしまったよと 「どれぐらい?どういう風に?」と思ったらそれは 「物や思ふと人の問ふまで」物思いと言いますよね だから「物思いしているの?」という風に

17:05 人が尋ねるぐらいに出てしまったんだよという どの程度ということは、後から付け加えている訳ですね そこでその時にですね、「物や思ふ」と尋ねるという ここで人が言っている台詞ですよね 台詞の言葉はそのまま入れ込んでいるよね 何かリアル感が出てきますよね こういう風に人に言われたんだよという風に 台詞を言うてあげると 何かとても本当に言われた感じがしますよね そういう「会話法」というのをここで使っている訳ですね 皆が「あなた何か恋に苦しんでいるんじゃないの?」という風に 人から見ても分かる程に出てしまったということが分かりますよね この「人の問ふまで」ということが付くことによって

17:52 どれぐらい色に出ているのかというと もう誰から見ても分かるぐらいに 自分の秘めていた想いが心から溢れ出てしまったんだよという そういう感覚が詠まれていることになる訳ですね もうすごく、絶対バレないようにバレないようにとですね 自分の心一つに秘めていた恋がですね 自分の思わぬところでもう想いが それぐらいに大きくなって溢れて出てしまっているんだという そういう「忍恋」を詠んだのが、この兼盛さんの和歌になる訳ですね さあ、もう一つの忠見さんの歌の方を見てみましょう 「恋すてふ」 この「てふ」というのは「ちょう」という風に ちょっと読み癖ですね、読み癖で言いますけれども

18:40 「何々という」という意味です 恋をしているという、ということですね 「わが名」名というのは今申しましたように 名声の名ですから、評判ということですね ここやったら、噂とかいうことですね 恋をしているという私の評判は 「まだき」、というのは現代語の「まだ」とは違いますからね 「まだ準備出来ていないの?」と言う時の「まだ」ではなくて もう、早くも、ということなんですね 早くも「立ちにけり」と ここも「にけり」を使っているよね 「~てしまった」と、自分ではですね

19:25 そんなん立って欲しくないとかね まだ立たないやろうと思っていたのに もう立ってしまったよ、「え、もう立っているの?」というね そういうちょっと驚きもある訳ですよね 立ってしまったと ここでちょっと切れますよね 「立ってしまった!」と、びっくりマークで文章が1個切れますよね その後、「人知れずこそ思ひそめしか」と 人知れず、「思ひそむ」というのは 漢字を当てるとこうだよね、思い初めてということだよね 誰にも知られずに、人知れずとね 私一人がこっそりと、という感じだよね 思い初めて、誰か、あの人のことを思い初めていたのに

20:14 という風にくる訳ですね そうすると、ここもね 誰にも知られず一人こっそりと、あの人のことを思い初めていたのに もう立ってしまったよ、という風になるから ここも実は「倒置法」を使っている訳ですね テクニック的には何か共通するところがありますよね 倒置を使っているし この「にけり」というので この忍んでいたのが出てしまったよ、というのを表しているところなんか 非常に共通する技法というものも使っていますよね さあ、もう一つ押さえておきましょう、文法事項です 「人知れずこそ思ひそめしか」の、この「こそ」というやつですね ここが係り結びをします

21:04 「こそ」というのは、今までも 何回もちょっと文章を読んできた時に出てきましたが これは強めているんですよね だから、皆に分かるように「あの人いいね」「いいね」と 言いふらしていたのではないよということですね 人知れずという、ここを強めている訳ですね 自分一人で思っていたのにというね そこのところを非常に強意している もうばれへんようにとかね、あるいは出さないようにとかね あるいはここは「思ひそめ」だから、まだ思い初めだよね だから、まだ人知れず思い初めの段階 ちょっといいなと心に引っかかった それぐらいの段階だったのにということかも知れませんよね

21:49 もう一つはこの人知れず「こそ、しか」という文法的に言うと これは活用形が已然形になるんですけれども 已然形という活用の形の名前があるんですけれども 已然形という活用 「こそ」は已然形で結ぶという風に、文法的に決まっているんですね 「こそ、已然形」で文章が終わらずに続く時 この場合は、倒置で前に戻って、前の文章に続いていきますよね そういう時はここに、逆接のニュアンスが加わるんですね

22:37 だから「のに」と訳しましたよね 人知れず思い初めていた「のに」 もう立ってしまったよという風に 逆接で続いていきますよという ちょっと文法的なことを言うと、そういうテクニックもあるんですね だから、ここで強意しているということが大事ですね 私は「人知れず」のまだの状態 人知れず思い初めているという状態だったのに 出てしまったよという風に 皆に知られるようになってしまったよという風になる訳ですね さあ、ちょっと文法的に、あるいは技術的に分解してみましたが さあ、あなたはどちらをいいという風にいますか? 共通するテクニックも使っていたりして どちらも忍恋を読んでいるんだけれども 何が違う?どこが違う?

23:34 一つ違うのは、忠見さんの歌は 早くも立ってしまったと まだ思い初めの段階で早くも立ってしまったということだから ちょっといいなと思い初めたばかりの段階ということですよね ちょっと自分の心になんとなく、「ああ、あの人いいね」と まだ恋までの自覚ではなかったとしても 「何かいいな、この人」と思う時がありますよね そういう段階だったのに、もう噂が立ってしまったよと 「あんた、あの子のこと好きなんちゃうん?」みたいに言われてですね よくドラマでもありますよね 最初は2人はこう何かじゃれ合っているだけで そんな互いに意識していなかったのに、人に言われてですね

24:19 「え、私もしかしてあの人のこと好きなのかも」と自覚するみたいなね もしかしたら、そういうことかもしれませんよね ちょっと何か自分の中で無意識のうちにですね いいなと思っていただけだったのに 人に言われることによって恋を自覚するという もしかしたら、そういう見方も出来るのかもしれませんね さあ、皆さんはどっちがいいという風に思われるでしょうか 村上天皇のこの歌合では、どっちが判定が出たかというと この判定する人達がですね、ものすごい悩んだんですね う~んと、答えが出ない出ない出ないという状態が ずっと続いていた時に 天皇どうですかという風にご意見を伺ったら 村上天皇が何気にですね

25:07 「忍ぶれど~」という風に言わはったらしいんですね それで、こちらの兼盛さんの歌の方が勝ちになったと いうエピソードが残っています その判定で兼盛さんの歌が勝ち つまり忠見さんが負けてしまった訳です 忠見さんはね、負けてしまったのが凄いショックで その後、なんかご飯も美味しく食べられなくなってしまってですね そのまま亡くなってしまったというね 凄いエピソードまでついている そういう伝説の歌合だったそうなんですけれども さあ、皆さんはどっちがいいという風に思われるでしょうか また今日ね、聞かせてくださいね では、ここで一旦切りましょう

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