日本の名作を読む 第6講 1 枕草子

簡単なまとめ

この動画では、『枕草子』の基本的な知識、作者である清少納言、作品の特徴である「をかし」の文学、内容の構成、そして有名な冒頭部分「春はあけぼの」の魅力について解説します。清少納言の人物像や彼女を取り巻く環境、紫式部や吉田兼好からの評価を通じて、『枕草子』が後世に与えた影響を考察します。

  • 『枕草子』は随筆文学の最初期のもので、清少納言という女性が手がけた点が重要。
  • 「をかし」の文学として、日常の鋭い感覚や発見を捉え、共感を呼ぶ。
  • 「春はあけぼの」は、四季を時間帯で表現した意外性と、短い言葉で言い切る潔さが魅力。

枕草子の基本知識

『枕草子』は随筆(エッセイ)であり、平安時代中期に成立しました。作者は清少納言で、中宮定子に仕えた女房です。最初の随筆文学として、女性が手がけたという点が重要であり、働く女性を肯定する視点も含まれています。清少納言は宮廷生活を鋭い感覚で表現し、「をかし」の文学として知られています。「をかし」は「あはれ」と対比され、「あはれ」がしみじみとした趣深さであるのに対し、「をかし」は興味深く、カラッとした趣を指します。

枕草子の内容構成

『枕草子』の内容は大きく三つに分けられます。一つ目は類聚的な段で、「…は」や「…もの」という形式で同類のものを集めたもの。二つ目は日記的な段で、宮中での生活や定子様一門の栄華を描いたもの。三つ目は随想的な段で、作者の心の赴くままに書き綴ったエッセイ的なものです。代表的なものに「春はあけぼの」があります。各章段は短く、気軽に読めるのが特徴です。

「春はあけぼの」の魅力

『枕草子』の第一段「春はあけぼの」は非常に有名で、日本の四季の美しさを表現していると一般的に解釈されています。しかし、清少納言は花や紅葉といった一般的な景物ではなく、時間帯(あけぼの、夜、夕暮、つとめて)に目を付けています。この意外性が「春はあけぼの」の魅力であり、読者に新たな気づきを与えます。短い言葉で言い切る潔さも特徴で、「春はあけぼの。」という断定的な表現が、有無を言わせぬ説得力を持っています。

清少納言という人物

清少納言は、歌人・漢学者の清原元輔を父に持ち、幼い頃から和歌や学問を学びました。16歳で橘則光と結婚し、一子をもうけましたが離婚。28歳で中宮定子に仕え、『枕草子』を執筆したと考えられています。紫式部は日記の中で清少納言をライバル視していましたが、吉田兼好は『徒然草』の中で『枕草子』に憧れを抱いていました。清少納言は、文学的な才能に恵まれた環境で育ち、宮仕えを通じて独自の視点と感性を磨いた女性でした。

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0:00 はい、こんにちは 今日はですね、『枕草子』を読んでみたいと思います 『源氏物語』を読んで『枕草子』を読んで、となると 何となく平安文学しているな~という気分になってまいりますね また、源氏とは違う魅力がありますので『枕草子』の世界もね 皆さんと一緒に楽しんで味わってみたいと思います ではいつものように、まず基本知識から押さえておきましょう ジャンルは随筆、今回初めてですね 随筆、エッセイですね エッセイというジャンルが出てまいりました 今まで私達は物語をね ずっと読んできましたから それとは全く違う世界、違う文章の作り方ということですよね その魅力というのを、一緒に楽しんでいきましょうね

0:46 成立は平安中期、大体源氏と同じぐらいということですね 1000年ぐらいです 大まかな時代区分でいうと、中古ということになりますよね 作者は清少納言ですね やはり最大のポイントは、これは最初の随筆文学 エッセイであるということですね エッセイとして残っているもので 最初のものであるということですよね それで、それを清少納言という女性が手がけている、というね ここのところの意味ということも やっぱり考える必要はあるかもしれませよね 女性がどんな文章を残しているのかな どういう風に書いているのかなというね そこのところを一緒に読んでみましょうね そして、この清少納言というのはどういう人?というと 中宮定子様、帝の奥さんである定子様にお仕えした女房ですね

1:35 ですから、清少納言は宮中で働いている女性やということなんですね 今でいうキャリアウーマンということになります なので、『枕草子』の中にはね その働く女性賛歌的なですね 働く女性のことを肯定するようなね そういう章段も実はあったりするんですね なんかね、とても現代に通じるところがあって そういうことを1000年前の人が書いてくれていると思うと 何となくこう、励まされるような気分になる時もあります またね、興味のある人は『枕草子』も是非ね 手に取って見てもらいたいなという風に思います そして、中宮定子を中心とした宮廷生活を鋭い感覚で表現していると

2:23 この鋭い感覚というのがやっぱり 名エッセイストとたる所以だと思うんですよね やっぱりエッセイというのは 普段、私達はこうぼーっとして、いろいろ過ごしている訳で その中でキラリと光る目の付け所みたいなね 「あ!そうね~」という、発見というのかしら そういうところへの共感というのは やっぱりエッセイの楽しさでもありますよね そういうキラリと光るところへ目を付けるという まずその視点ですよね、その視点というのが一つの魅力だし そして、その目を付けたところを どういう言葉で、どういう文章で綴るかという その文章の上手さ、言葉の選択の絶妙さという そういうところの上手さというのはありますよね その二つの力というのが相乗効果になって

3:10 この『枕草子』という作品がやっぱりできて だからこそ、残って読み継がれていると思うんですよね そこの上手さ、巧さというね その魅力もやっぱり味わいたいところですね そして、これはよく言われることですが 『枕草子』の特徴を一言でいうと何かというと これは「をかし」の文学という風に言われますね その時、必ず対比されるのは『源氏物語』ですね 『源氏物語』これは「あはれ」の文学という風に対比されますね 「あはれ」は光源氏が恋心を抱いた時に しみじみとジーンとする感情という風にやりましたよね

3:56 「あはれ」というのはしみじみと趣深いという そのしみじみというのは、胸の奥底にジーンと響いてくるような そういう感動の感情というね それが「あはれ」という風にやりましたよね それに対して「をかし」というのは 「をかし」というのも、訳すと趣深いということで その訳としては「あはれ」に通じるところがあるんですけれども 「あはれ」の方はしみじみが付くんですね しみじみと趣深い、ジーンと感動すると 「あはれ」に対して「をかし」の方は胸の奥底にジーンという その感動の深さが浅いという訳ではないんですけれども もうちょっと、カラッとした感じがしますね

4:43 例えば、他の言い方で「興趣がある」というような訳もありますが 興趣の興というのは興味の興ですね 興味が引かれる、そそられるような、ですね 「あ!なるほどいいね」というね そういう趣で、そしてそれはどっちかというと 「あはれ」というのが、陰か陽かというと ちょっと陰的なニュアンスがあるのに対して 「をかし」の方は陽な感覚というような分け方をすることもありますが そんなに単純に言えるものではないと思うんだけれども ちょっとドライな感じもするかなという感じはいたしますね それぞれの文脈によってやっぱり ニュアンスというのは違ってくると思いますから そう単純に言えるものではないんですけれども

5:29 典型的に二つを対比させると 「をかし」と「あはれ」だね、という風に言われる訳ですね さあ、内容は大きく分けて三つに分けられておりますね 1つ目が類聚的な段 ちょっと漢字が難しいですね るいじゅう的な段といいます これはどういうことかというと、類というのは同類の類ですね 同じグループということですね 同じ類のものを 聚というのはこれは 「集める」という漢字のちょっと難しい漢字なんですね 同類のものをいっぱい集めてくるという そういう章段ですね 「何とかなもの集まれ!」と言っていっぱい集めてくると 「…は」というね 「楽しいものは」と言われたら、いっぱい集まってくると

6:14 「美味しいものは」と言ったら これも、これも、これもという風に集めてくる、そういう式ですね 「…は」式、「…もの」というね 「嬉しくなるもの集まれ~」とか言われたら いっぱい集めてくるというね そういう「…は」式、「…もの」式の ものづくしの段、これが類聚的な段です 2つ目が日記的な段 これは読んで字のごとくですね 日記、記録な訳ですね 宮中での生活の記録、特にお仕えしている定子様 そして定子様のお父様です、道隆という人ですね その一門の栄華、繁栄というものを描いている章だと そして、3つ目が随想的な段と

7:00 ちょっとこれも分かりにくいけれども 随想の随は、これは随筆の随ですね だから、エッセイ的な心の赴くままに書き綴ったものということです グルーピングでいうと1・2に属していないもの というと、何て言うのかな、ちょっとあんまり 乾燥的、乾燥していますけれども、言葉として 心の赴くままに書き綴ったものということですね これの代表が「春はあけぼの」というね この章段、一番冒頭の第一段になる 「春はあけぼの」に代表されるエッセイということですね こういった大まかに分けて三つの内容が 『枕草子』の中にはいっぱい詰まっているということなんですね どの章段も、とてもなんかキラキラとしていて楽しい

7:46 そして、割と一個一個は短いんですね だから気軽に 前から順番に読まないと、話の展開がちょっと訳が分からなくなる ということではなくて もうちょっと寝っ転がりながらですね パッと開いたページをですね 読んで、ふふっと思えるというね そういう楽しさというのが『枕草子』にはありますので 皆さんもちょっとだけでもね かいつまんで見られるといいかなと思います 今日もね ちょっと楽しい章段をピックアップしてきていますから 一緒にね、読んでいきましょうね さあ、その前にまずちょっと考えたいのは やっぱりこの有名な章段を外せませんよね『枕草子』をやる時に 第一段です 「春はあけぼの。やうやうしろくなりゆく山ぎは、

8:32 すこしあかりて、紫だちたる雲のほそくたなびきたる。」 から始まる、春・夏・秋・冬ですね 春夏秋冬を、第一段で清少納言が描いている この「春はあけぼの」の段というのは、すごい有名ですよね 日本の中学生、高校生は必ず学ぶという章段です それで、例えば『源氏物語』の 「ちょっとひとフレーズでも言ってみて」と言っても 皆出てこない、なかなか出てこないと思うんだけれども 『枕草子』の「春はあけぼの」 「春はあけぼの」というと「あ、『枕草子』ね」と 何か皆知っているようなですね それぐらいすごいことですよこれは 1000年経っているんですよね 今、20XX年ですよね

9:18 だから、1000年経っても皆がほぼほぼ知っているという これはもうすごいことだと思うんですよね それは何がいったいすごいのかと 学校で習うから何かすごいものと思っていると思うんだけれども いったい、この文章は何がすごいのかということは ちょっと改めてね、考えてみたいという風に思うんですね 皆さんも今日ね また、感想のところに書いてくださいね ここがすごいんちゃうか?とかね これはもう答えがないことですから 皆さんの色んなご意見を是非聞きたいところですね それでね、この「春はあけぼの」というのは 何となく学校で学ぶ時にはですね 春夏秋冬ということですね 「日本って、四季があって素敵ね~」的なね

10:03 そういうことをですね 「四季がある日本って素敵!」というね そのことを清少納言は書いているんですよ、というね 日本の情緒というか情趣というかね そういうものを表現しているんですよ 素晴らしい人ですね、みたいな風にね 習うことが多いんですけれども 本当にそうなのか?ということですね 「春は」ね、「春のいいものって何よ?」と言われた時に 皆さんは何を思い浮かべますか? 「春ってこれかな?」と色々あると思うんですけれども 春になったら美味しい食べ物も色々出てきますけれども ちょっと授業ですから授業らしく言うと 例えば、春になったら 皆さんまずは、桜が気になるんですね 桜が咲いたとかね、開花宣言がどうやとかいいますよね

10:51 お花見したいなーとかね そういうことがありますよね 春というと、やっぱり「花」ですよね 花がありますよね そういう風にですね、秋は紅葉とかね その『枕草子』の中でも引かれるけれども 雪月花というのがありますよね 中国の古典がベースですけれども そういう風に、それぞれの季節に愛でるべきですね 愛でたい景物というのがある訳ですよね 花があり、月があり、雪がありね そういうものが普通は考えられる訳ですね だけれども、清少納言はそう言っていないんだよね 一番最初に来ているのは 春は花とかね、桜とか、梅とか

11:37 そんなことは全然言っていないんですよね 秋は紅葉、とか言っていない訳ですね 「春はあけぼの。夏は夜。秋は夕暮。冬はつとめて。」 全然、そういうものが出てきていないんですね一番最初に 「ええ!?」と思う訳ですよ これは、清少納言は何に目を付けているの?ということよね 「春はあけぼの」あけぼのというのは何なのかですね 「あけぼの」というのは、夜がだんだんと明けていくという そういう時間帯のことですよね 夜から夜明け方ということですね その時に、だんだんと山の辺りが 白くなっていく、明るくなっていくということね 少し明るくなっていくと そして、ちょっと紫がかった雲が細くたなびいていると

12:27 その夜明けの頃のお空 夜明け時分のことを言っている訳ですね 全然違う訳ですよ 普通、皆が和歌で詠むですね 花とか、月とか、紅葉とかね そういう、いわゆる一般的な美的感覚 「四季って素敵ね!」的なね そういう景物とは全然違うものをどんと出してきたという その意外性、そこなんですよね それで、「あけぼの」というのは夜明け頃ですよね そして「夏は夜。秋は夕暮。冬はつとめて。」 「つとめて」はちょっと分かりにくいかな 「つとめて」というのは早朝ということです、朝ということね これは時間なんですよね 時間で、どの時間帯がいいかという

13:14 そういう捉え方をしているんです なかなかそんな風に思いつかないよね 「春のいい時間帯っていつ?」とか あまり考えることはないでしょう? そこなんですよ そういう意外なところに目を付けているという それがすごいんですよね それでいて、「あ!そうね」「なるほど、そうね」と 皆に思わせるだけの説得力がある訳ですね 意外であって、皆が何気に流してしまっているところで 改めてピックアップして言葉にしてくれると 「あ!そうだな」と気づくという そういう意外な気づきを与えてくれる それが『枕草子』の「春はあけぼの」 これがやっぱりね、象徴しているんですよね やっぱりすべてのことを 清少納言のエッセイというのはこういうものだということの象徴

14:01 第一段たる所以だと思うんですよね よくね、受験の勉強をしている時 テストの勉強をしている時は 次第に白くなっていく、この「山ぎは」というのは この山のどっち側か?みたいなね ことをやりますけれども こっちの山の端っこの方が「山の端」や~とね それで「山ぎは」というのはこっちの空の方ですね 「山ぎは」山の際ということですね 「山の端」というのは、この山の端っこの方で 「山ぎは」というのは空が山に接している このキワキワのところや~というね これが重要単語みたいにして、覚えなさいという風に

14:46 勉強するんですけれども 大事なのは別にこういうことじゃないんですね 大事なのは、清少納言が春夏秋冬を時間で表現したということですね 一日のうちの時間帯で、四季を捉えたという この目の付け所というのがやっぱり 凡人にはないセンスなんですよね そしてそれを、どういう風に言葉にするのかという時に 「春はあけぼの。」もう「。」で終わっているんですよね

15:35 私達はこれを訳す時に 春は夜明け頃が趣深い、みたいに 勝手に「趣深い」というのを補って訳しなさいという風に 習ったと思いますけれども 趣深いと、「春はあけぼのが趣深い」と そんなことは全然書いていないんですよね ここに「をかし」という言葉は書かれていない訳ですよ そういう風に、長ったらしくもう言ってない 短い言葉で言い切っているんですよね 「春はあけぼの。」というこれは言い切りの形なんだよね いきなりパッと「春は夜明け!」と言われたら 「え、どうなん?」「何なん?」 「夜明けが何なん?」と皆思いますよね

16:20 「どうなん?」「良いん?悪いん?どっち?」と 分かんないよね、この時点では そういう言い切りの形でパーンと突き放すと それでいて、有無を言わせぬ潔さがこの文章にはあるんですよね もう何かモヤモヤしていない 迷いがないと言ったら分かりやすいかな そういう潔さがあるよね、「春はあけぼのよ!」というね 潔く宣言してしまっているというところがありますよね それでいて皆がやっぱり 「あ!そうだね」と納得できてしまう訳ですね 「あ!」というね もう清少納言のマジックにかかってしまう訳ですよ その言葉の強さというものがありますね 「夏は夜。秋は夕暮。冬はつとめて。」 これがおかしいだとか、どういう風に趣深いとか very veryとか、とても、「いとつとめて」とかね

17:07 そういうこと、全然修飾もつけていない訳です 何は何、何は何と、単語でパンと言い放ってしまっているんですよね その言い切りのこの潔さ、ストレートさというのがね それがドーンと胸に、そのままストレートに響くという この言葉の使い方ですよね これはやっぱり、源氏のような叙情的な文章ではないし いっぱい敬語を盛り盛りで重ねてきていたですね 奥深い文章とはまた違う 明快さというのがあると思いますよね この言葉の使い方というのは どういうことなんだろう?ということは ちょっと考えてみてもいいと思うんですよね こういう風に言い放てる言葉づかいって何なんやろう?と

17:55 こういう風に、それがどうだからこうだった、とかね 春はあけぼのがどうしたこうした趣深いですねとか そこまで言わなくても良い環境に、清少納言はいてるんですね 女房ですね 周りは中宮様にお仕えするという仲間の女房達ですね そこでの、ある種、共通の認識、美意識とか そういうものはあったかもしれませんよね そういうメンバーの中ですね 女子達がおしゃべりしている感じ、という風に思ってもらってね 「春ってあけぼのよね!」「そうそうそう!」「そうね!」 「そうね!清少納言いいこと言うわね」みたいなね そういう時は「春って何とかでしょう?」という それでいい訳ですね 「春って夜明けでしょう?」「夏は夜でしょう?」「秋の夕暮よね?」

18:40 それでその後、どうしたこうしたと言わなくても 分かるという、それは「話し言葉」なんですね 話している感覚、喋っている感覚と そういうグループ内での女同士のおしゃべりの感覚で書いている感じ その文体 そういう感じで書いているというところもあるという風に 考えることができるのではないかな、という風に思いますよね だから、会話が そのまま書き付けて文章になっていくということですね

19:26 話すことと書くことというのは 私達が今思っているよりも分かれていませんよね 今は文章語というのと、会話語というのは明確に違いますよね レポートを書く時の文体と、喋る時の話し言葉というのは また違いますよね だけれども、この頃はまだそういうかっちりした 論理的に書く文体、文章表現というのが まだそんなにない時代ですから 書くことと話すことの距離というのは 私達が思っているよりも 近しいものだったという風に思うんですよね だからこの「春はあけぼの」なんかは本当にまさにそういう 女子のおしゃべり的なね そういう感覚で読んでいただけると また、ぐっと清少納言の世界に近づけるのではないかなと思います

20:14 やっぱり名エッセイストですし 清少納言が現代に生きていても 何か有名なコピーライターになれたのではないでしょうか 「春はあけぼの」この何文字よ? …あけぼの、7文字ですね それだけで春というものを言い切ってしまうという 本当に名キャッチコピーですね、という風に思いますよね その清少納言はどんな人?というのを簡単にたどっていきましょう 本当に簡単ですけれども、お父さんは清原元輔という人です お父さんに、和歌や学問を学びます この清原元輔という人は『後撰和歌集』という 勅撰和歌集という帝の命令で選ばれた和歌集ということで

21:01 すごい和歌集ということですね その撰者の一人ですから 和歌の面では非常に優れた才能があった人 文学者ということですね それで、漢文の方ですね、漢詩文の学者でもありましたという そういう教養のあるですね そして和歌という言葉のセンスのあるお父様に学んだ ちなみにお爺さんですね 清原深養父(きよはらのふかやぶ)という風に読みますが この人は古今集時代の有名歌人ということで だから、代々、お爺さんもすごい有名歌人だし お父さんも歌人だし、ということなので そういう和歌に強いお家に清少納言は生まれたんですね

21:49 だから、自分の和歌に対してはやっぱり 親が凄すぎると子供はちょっとプレッシャーになりますでしょう だから、ちょっと自分の和歌には清少納言自身は 「あんまり自信がないの…」的な感じだったようですけれども そういう御血筋であったということです そして、環境というものがあったということですね それで、16歳の時に橘則光という人と結婚します そして男の子、則長を生みますが この橘則光とはその後、離婚しています それで、25歳の時にお父さんが83歳で亡くなる お父さんがだからね 非常に年を取ってからの子供なんですよね、清少納言は だから、特にやっぱり年を取ってからの娘だから とてもかわいがられたと思うんですね

22:36 そういう風に愛情をいっぱい受けて 育った清少納言ちゃんということです それで、則光と結婚して、その後離婚してしまうんですけれども ちょっとこの書き方だと誤解を生むけれども 離婚したのは、お父さんが亡くなった後です お父さんが亡くなった後に、離婚をしています それで、シングルになっているんですね この橘則光という人とのエピソードもなかなか面白くて この人はですね なんていうの?文学一家に生まれた清少納言の旦那だから 同じく和歌やそういう文学の才能があるんだろうなと 皆さん思われるかもしれないけれども 全然そんなことはなくて どっちかというと体育会系の男だったみたいですね それで、和歌の趣なんかはちょっとあまり理解できなくて

23:23 和歌が全然分からない人なので ある時ね、清少納言に「お前は全然和歌が分からない」ということで 「お前はワカメでも食っとけ!」ということで ワカメを大量に送られたというそんなエピソードも 『枕草子』の中で書かれていて なかなかちょっと面白いんですけれども その夫婦のやり取りというのがね そういう、あまりちょっと分からない旦那さんと 結婚して、離婚もしております けれども、離婚後もそんな、いがみ合って決裂という訳ではなくて 「も~則光は!」みたいな感じで お付き合いは続いているみたいですけどね 28歳、離婚して、お父さんが亡くなってから 中宮様にお仕えするという

24:09 これは前にちょろっとお話ししたかもしれないけれども そういうお父さんという、後ろ盾ですよね バックボーンというものをなくしてしまった 女性の生き方、コースとしてはよくあることですね その後、キャリアの道に進むということですね というのは割とよくあるパターンです それで、28歳で中宮定子様に仕えます この時、定子様は17歳 大体10歳ぐらい年下ということになりますよね それなりに28です この頃の女の子は、10代で髪上げをして、というのをやりましたよね ですから、28でも結構、年をいっている方になるんですよね

24:56 まあまあ年もいっていて、酸いも甘いも知って、みたいな そういう経験を持ってですね そして、この若き定子様にお仕えしたということになる訳です この間に大体『枕草子』を書いたか、という風に考えられる訳ですね ところが、この定子様が、清少納言が35歳の時に 24歳という若さで亡くなってしまうんですね これは非常に悲しいことです また後でね見ていきますね その後、お仕えする御主人さまが亡くなったので 宮仕えを退き、藤原棟世と再婚したという風に言われています 大体『枕草子』というのはこの間のことを書いている訳ですけれども

25:47 なんですけれども、この宮仕えを退いたその後ですね この後も書き続けていたという風に言われています そういう風にして、定子様との出来事を中心に 思い出を中心に書き綴っていたのが 『枕草子』という作品になる訳ですね さあ、位置付けとして、当時の評価を見ておきましょう 紫式部は日記の中で、この文才溢れるですね 清少納言の事をライバルという風に思っていたんですね 「清少納言こそ、したり顔にいみじう侍りける人」 と書いているんですね

26:33 「清少納言って奴は」という感じなんですね 「したり顔」これは「自慢」ということです 「いみじう」というのは「very」ということですね 「すごい自慢して嫌な女!」という感じですね 「すごい、私才能溢れているのよ!的なアピールしちゃって!」みたいなね そういう風にちょっとですね ライバルという風に思っていたようですね 「才能をひけらかす嫌な女だわ~」と 「こんな女、長生きしないわ!」みたいなことをね まあ日記ですからね 誰にも読まれない前提ですから いっぱいつらつらと書き連ねています 一方で、ちょっと時代が後になって中世になりますが

27:18 『徒然草』を書いた、これは随筆ですね 随筆を書いた兼好法師、吉田兼好は 『枕草子』のことを非常に憧れの存在だったみたいですね 「人には木の端のやうに思はるるよ」と これは『枕草子』の一節なんですけれども という風に清少納言が書いていると 『枕草子』に、清少納言はこんなことを書いていると そのことは「げにさることぞかし」と 「なるほど、もっともだ」と 「清少納言が言うてはることは、もうその通りやな~!」 という風に感心しているんですね 兼好法師は、他のことも色々書いているんですけれども

28:03 憧れを持っていたのがこの 同じエッセイを書く者としてね 憧れていたのが『枕草子』ということなんですね さあ、それでは「春はあけぼの」という章段の すごさというものを知った上でですね 他にはどんなことが書かれているのかということをね 続いて見ていきたいと思います 一旦ここで切りますね

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