0:00 はい、ではですね、『土佐日記』ですね どんなことがあったのかというのを一緒に読んでいきましょうね まず一番、これは二十七日の日記として書いているんですね 「大津より浦戸を指して漕ぎ出づ。」と 大津というと滋賀県にある地名だけれども これは滋賀ではなくてね、土佐の地名です、どちらも 土佐の大津から浦戸を目指して、船を漕ぎ出すということですね こうしている時 「京にて生まれたりし女子、国にてにはかに亡せにしかば、」 京で生まれた女の子が、土佐の国ということですね、土佐で 「にはかに」は、にわか雨とか急に降ってくる雨ですよね
0:45 土佐で突然亡くなってしまったということですね 急に亡くなってしまったので 「このごろの出で立ちいそぎを見れど、何ごともいはず。」と この頃ですね、最近の出発のための 「いそぎ」というのはちょっと覚えておかないといけないね 今だったら、「いそぐ」は慌てるという感じだけれども これは準備ということです 最近の出発のためのと 船出するよというね、船出の準備を皆がしていると それを見ても何事も言わずと、私はもう何も言わない 言えることはないんだと呆然としている訳ですよね 「京へ帰るに、女子のなきのみぞ悲しび恋ふる。」と
1:31 私はもうひたすらですね 京に帰るのに、女の子と一緒に帰れないと そのことだけがもう悲しくて仕方がないんだと 悲しい、恋しいということですね 「我が娘よ!」ということになる訳です 「ある人々もえ堪へず。」と そこにいた皆もということですね 皆も「え堪へず」と 「え、ず」というのは不可能なんですね だから堪えることが出来ないと 皆も我慢が出来ないと その女の子亡くなってしまったよねという悲しさに 皆も堪えることが出来ない 辛いという風に思っているんだ、ですね そういう風に皆が辛いな、という風に思っていた時
2:20 「ある人」ですね、これが出てくる訳ですね 「ある人」が書いて出した歌と 「ある人」は紙にこんな歌を書いたんだよと 「みやこへと思ふをもののかなしきはかへらぬ人のあればなりけり」 「京に帰れる!」と思うと だけれども何となく悲しい想いが胸に兆してしまうと それはなぜかというと帰らない人ね 亡くなってしまった女の子だよね 亡くなった女の子がいるからだよね 亡くなった女の子を思うとですね 京へ帰る、嬉しいワクワクという気持ちに
3:06 なかなかなれないよねと 京へ帰るという嬉しい出来事が起こっているはずなのに どうしても自分の中のこの悲しみという感情ですね これを拭い去ることが出来ないな という風に言っている訳ですね これってまさにですね その女の子がいないという悲しみ、というその気持ちですよね それをこの歌が代弁していることになる訳ですよね 和歌というのは、自分の感情をぎゅっと凝縮して 言うことが出来るということですよね 『伊勢物語』なんかでも読んできましたよね 和歌が感情の代弁になっている訳です
3:54 悲しいという感情を歌の調べに乗せて 詠むことが出来る訳ですよね さあその恋しさというものを抱きながらですね 京へと船旅は進んでいく訳です それで道中ですね 「羽根」というところである子供がですね 他の子供もいてる訳です ある子供が、本当にこの「羽根」という名前の通り この土地が「羽根」だったら 京に飛んで帰りたいな、という和歌を詠みました もう私、ちょっと訳してしまっているけれども そういう歌ですね 和歌を詠んだんですね、そうすると、そこにいた 「男も女も、いかでとく京へもがな、」という風に思っていると なんて思っているかというと 「いかで」というのは、なんとかして
4:42 「とく」はやくだね、京へ 「もがな」というのはこれは願望なんですね この場合は、京に早く帰りたいだよね 男も女もそこにいる人は皆 何とかして早くもう京に帰りたいと思う気持ちがあるので この歌は「よし」とめっちゃ上手という訳ではないんだけれども 「げに」なるほどということですね、 と思って人々の記憶に残ったと 人々はこの歌を忘れないということですね これは何で、この歌が上手いからではないんだよね
5:30 この歌が上手という訳ではないんですよね そうではなくて、なるほどというこの心をまさに言っていると 皆の心を歌で代弁してくれていると だからこの歌を皆は忘れないんだという風に言っている訳ですね これはまさしくですね、この心だよね 心を歌が表しているんだということですね そういうことで和歌というのは心をね、感情を表現するものだ 代弁するものだという感じで この『土佐日記』の中でも和歌というのが非常に使われて 効果的に使われているんですね さあしかし、やっぱり当時の船旅というのは なかなか辛い旅のようですね
6:16 こんな記事もあります 「十九日。日悪しければ、船出ださず。」 天候が悪かったんでしょうね 船を出すことが出来ないと それで二十日、翌日も昨日と同じだから船は出せないと 皆「憂へ嘆く」と、辛いな、辛がっていると 「苦しく心もとなければ」と もう辛いと、そしてもう一体いつになったら 京に帰れるのかしらと不安な訳ですね だから「ただ、日の経ぬる数を」今日で何日目、 二十日目、三十日目といって、指折りながら数えている訳ですね 「とかぞふれば、指もそこなはれぬべし。」と もう何回も繰り返して指を折っているから もう指が傷ついてしまうと、指がダメになってしまうわと それぐらい、もう皆数をいっぱい数えていると
7:04 「そこなふ」はこれ(損う)ですね だからもう、すごいもう数え過ぎたと 手の指を折り過ぎたという風に言っている訳ですね それぐらい、なかなか船は進まないと 「いとわびし」とても辛いと だからもう夜も眠れない訳ですね 「夜は寝も寢ず。」なかなか眠れない、という風に そういう寝れない、辛い夜を何日も何日も船の上で 過ごさなくてはいけない、早く帰りたいのに帰れないというね そういう状況がずっと続いていると やっぱり先が見えない不安で、辛さというのはありますよね そういう辛い想いというのも、ここの中には書かれているんですね さあ、そして例えばこんなエピソードも書かれています
7:54 はい、次のシーンですね 二十日の夜の月が出たと ここは京とは違い、月が海の中から出てくると 船旅、海の中へ浮かんでいますから 京の、山に囲まれた京都とは違う訳ですね ここは京とは違って、月が海の中から出てくると こういう光景を見て 昔唐に渡った阿倍仲麻呂は 「青海原ふりさけみれば春日なる三笠の山に出でし月かも」 という有名な和歌ですね 意味としては 「青々と広がる海上を眺めやると、そこに見える月は かつて故国春日にある三笠の山に昇ったのと同じ月なのだなあ」と 中国でね、月を見て
8:40 「ああ、今中国で見ている月は日本で昔見た月と一緒だな」という そういう歌を阿倍仲麻呂という人が詠んだ訳ですね それで故郷を懐かしく思ったと、そういう風に詠んだのだと それで今、その貫之ですね 貫之はまさにその、阿倍仲麻呂と同じ情景なんですよね 京から遠く離れた土佐のこの海の中で月を見たと 「ああ、これって阿倍仲麻呂さんと一緒やなぁ」 という風に思っている訳ですね 唐の人は、聞いても分からないだろうと思ったのだが、とね 歌で、和歌で詠んでいますよね だから和歌という平仮名の歌では中国の人は 聞いてもきっと分かんないだろうという風に
9:25 思ったんだけれども、その歌の心、意味ですよね 歌の意味を「男文字にさまを書き出して」と 漢字で書いた、内容を漢字で書いたと そして「ここのことば伝へたる人にいひ知らせければ」と 中国の言葉ですね それを伝える人、通訳の人か何かに言ったと そうすると理解してくれた、ということですね 和歌で詠んだ意味ですね それを漢字にしたと 漢字で書いて、その中国の言葉を伝える人に
10:13 こういう風な内容なんですよという風に知らせたら その人が「心をや聞き得たりけむ、いと思ひのほかになむ賞でける。」 賞めてくれたと、どうしてかというと それは心を理解してくれたからなんだなと この心というのが、キーになってきますよね その和歌で詠んだ自分の想い 阿倍仲麻呂のこの想いというものを 理解してくれたからだろうと 思いのほか、意外にもすごく褒めてくれたと 「唐土とこの国とは、言異なるものなれど」と 中国と日本というのは言葉は違うんだけれども 月の「かげ」ですね
10:59 古語の「かげ」というのは光という意味です 月の光は同じだと 月というのは中国で見ても、日本で見ても一緒だと 同じだから、きっと人の心も同じということなんだろうな という風に貫之が書いているんですね 言葉は違う、中国というものと日本ですね 中国と日本では言葉は違うんだけれども、心は一緒だなと
11:44 言葉は異なるけれども、心が一緒なんだなという風に この阿倍仲麻呂のエピソードをそういう風に理解していると 心は一緒、共通なんだなという風に 貫之は思って書いているということなんですよね ですからやはり、歌というのは心というものを表すものなんだ その心というのは、言葉が違っても通じるものなんだよと 和歌で書いても平仮名で書いても 漢字で書いても通じるものなんだなと そういう風に、ここでエピソードが語られているんですね また、こんなエピソードも書いています 「ようやく和泉の灘までやってきた一行。」と 京がだんだん近づいてきた訳ですね それで「今日は天候がいいから、船を早く漕げ」という風に催促すると
12:30 船の楫取が水夫達にこんなこと言ったと 「御船より、仰せ給ぶなり。朝北の、出で来ぬ先に、綱手はや引け。」 船からですね、ご命令を頂いた、命令が出たよ、ということですね 「朝北」というのは北風ということです 北風が出てこないと、北風が吹かない間に、吹かない先に 早く船を引っ張って出そうという風に言った訳ですね 早く綱を引っ張って、船を出せという風に命令をした訳ですよね
13:16 その言葉がまるで歌のようだ だから…、という風に続いていくんですけれども これ、その楫取が言うた言葉ですよね だけれども、音数を勘定してみると 「御船より、仰せ給ぶなり。朝北の、出で来ぬ先に、綱手はや引け。」 という、言った言葉がですね 歌のようになっていると なんだけれども、これは楫取の自然と出た言葉なんだよ という風に書いているんですね 「おのづから」出た、だね 楫取は意識して、和歌で言おうと思って もちろん言うてませんよね、言おうとしたのではないと
14:03 聞く人が「これ、なんかあれ?歌みたいだね」 というので書いてみたと そうすると、なるほど三十一文字 「みそひともじ」になっていたのだったと まさにね、これは 言っている言葉、語りというものが歌になるという 『古事記』の時にやったあれのままなんですね あれを地でいっている訳ですね 「あなにやし」「あなにやし」という風に想いを述べて それが歌の原点だということをやりましたよね その想い、語りというものがそのまま まさにここで歌になっているんですよね そういう時があったんだということで 皆が着目したということですね まさにその歌の原点というのは何かということを この『土佐日記』の中で
14:49 こんなにも色々なバージョンを重ねて書いているんですよね ある時は、自分の悲しい想い 女の子が亡い想いというものを乗せるものだよ、歌は という風に書いていると ある時は、早く京へ帰りたいという想いですね それを上手でなくても歌に乗せている そこに皆が共感したんだと 想いを乗せているからだよね 想いを表している、だから大事なんだよという風に書いている そしてここの阿倍仲麻呂の例では、言葉は違っても 漢字、平仮名、言葉は違っても歌というものは共通の想いだよね 共通の心というものを表現しているんだな
15:34 私達が語った想い それが歌なんだな、という風に そういう歌というのは何なのかと 心なんだよということを『土佐日記』の中では こんなにも実は書いているんですよね それはどういうことなんだろうかということを この後もうちょっと見てみたいと思いますが ちょっと一旦ここで切りましょう